上場企業の経理部長を経て、アドバイザーとして独立された葛西一成さん。以前、「経理の畑」サイト公開を記念して募集した経理のお悩みにお答えいただきました。
今回は、そんな葛西さんに、社員数80名ほどの会社で経理を務めるTさんがお悩みを相談します。テーマは「人材教育」です。時代が変わり、便利なツールも増えるなか、どう後進を育成していけばよいのでしょうか。Tさんのお悩みに、葛西さんが答えます。
Tさん:よろしくお願いします!
葛西さん:よろしくお願いします!今回はどういったお悩みでしょうか。
Tさん:経理の人材教育についてお聞きしたいです。
葛西さん:ほう、どういった課題感がありますか?
Tさん:弊社では、パートや業務委託のメンバーにも経理業務に携わってもらっているんです。そのため、できるだけやるべきことをシンプルにして業務を進めやすくしているのですが、それゆえに数字の動きの意味をメンバーがまったく理解できない状態になってしまっているんです。
葛西さん:なるほど。
Tさん:入力した数字が、どのような計算を経て仕訳につながっているのか、本人たちの知識につながることなく、「ただデータを入力しただけ」になっているところにジレンマがあります。
葛西さん:ただの作業者になってしまっていることに課題感があるということですね。
Tさん:そうなんです。ただ、そもそもメンバーにどこまで求めるのかというところにも迷いがあります。最近の経理業務はAIなどツールを使えるようになった分、経理知識をそこまで高めなくとも仕事ができるようになってきているじゃないですか。
葛西さん:そうですね。
Tさん:そうなると、「特に支障を感じないから、そこまで知る必要はない」と考えるメンバーもいるだろうなと。これからの経理業務で必要とされる能力とのギャップが上手く捉え切れておらず、今後、経理部が続いていくために何を伝えていくことが必要で、何が本人たちのためになるのかがわからず、正直、今は手探りの状態になっています。
葛西さん:わかります。私も人材教育についてはずっと悩んできました。これまで多くの企業を見てきましたが、他部門から数値データをもらい、それを加工、仕訳入力するだけで手一杯の会社が多かったです。作業をなぞるだけで、その作業の目的や、裏付けとなる会計基準は何なのか考える余力がないため、「とりあえず資料を作れ」「この形で毎回仕訳を入れろ」という指示で終わってしまうという状態です。
Tさん:そうなんです。どうすれば良いでしょうか。
葛西さん:先ほどTさんご自身がおっしゃったように、全員に同じレベルの育成をするのではなく、その人に合った形での育成を考えましょう。メンバー全員に会計、税務のスペシャリストになってもらうことは求めないということですね。
Tさん:なるほど。
葛西さん:根本的なモチベーションがある人でないと、なかなか深く調べてみようという気にはならないものですので、「少し興味がある」というメンバーに対して、いろいろ提案してみるのがいいのかなと。モチベーションがあまり高くなく経理業務に興味を持てないないメンバーには、経理の最低限の業務を一通り理解してもらったら、今度は配置転換で違う業務をやってもらうなど、ジェネラリストを目指してもらう方向性がいいのではないかと思います。
Tさん:おっしゃる通りです。ただ、メンバーの意向を見極めるのが難しそうですね。
葛西さん:難しいと思います。これは経理に限らず、管理職に求められる部下の能力の見極めになってくる話ですね。「この部下はさすがに現状の業務は厳しそうだな」という人には、違う業務にシフトしてもらいましょう。システムの設定や維持メンテナンスなどに関心がありそうであれば、そちらに力を入れてもらうなど、メンバーの興味のあるものを見極め、その方向に振っていく形で育成を進めていく。すごく難しいんですけどね。
Tさん:興味で育成方法を分けていくという考え方ですね。
葛西さん:そうですね。なので、例えば会計や税務が好きな人にはスペシャリストを目指してもらいましょう。実際、私はメンバーを見極めて進めていました。ある意味、「この人には会計、税務の能力がないから切り捨ててしまう」という冷徹なイメージにもなってしまうとは思うのですが、興味から紐づけた個人の成長のことも考えると、これでいいのかなと。
Tさん:なるほど。経理以前に、まずは管理職として人の見極め力を高め、育成の方向性を分けて考えるようにしたいと思います。
Tさん:人材育成に関して、もうひとつお聞きしたいです。
葛西さん:どうぞ。
Tさん:現状、たとえば「これに沿ってやれば、1つの経理処理ができる」という新しいExcelを作った場合、それを誰かに引き継ぐタイミングであれば経理処理のコンセプトを伝えることができているのではないかと思います。実際、伝えたメンバーからも「わかりました」と言ってもらえているのですが、その理解が根付かないんです。だんだん理解の鮮度が落ちていってしまい、結局「このセルにこの数字を入力するだけ」と、作業レベルに落ちてしまうといったことを繰り返しています。
葛西さん:なるほど。
Tさん:昭和時代の経理がいいと言いたいわけではないですが、自分で電卓を叩いて数字を出していた時代の納得感と比べると、どうしても業務理解が薄くなってしまうなと。先ほどのお話にもあったように、前提として経理業務に一定の興味関心がある人にのみ求めたほうがいいものだという話はあるでしょうが、どうすればいいでしょうか。
葛西さん:業務を渡した瞬間だけではなく、継続的に自分の力で物事を進めていける力を養いたいということですよね。私の経験から言えるのは、指示出しを具体的にすることが重要であるということです。
Tさん:具体的に教えてください。
葛西さん:担当業務の目的を明確にしたうえで「データ入力をやってほしい」「データ入力から、数値のつながりのチェックまでやってほしい」といった具合に、具体的に落とし込んで伝えるようにしましょう。特に若手メンバーに対しては、これで大体やっていけます。私自身、メンバーに「ここまでやればいいんだ」とわかるように伝え、業務に対する達成感を持ってもらえるよう心がけていました。
Tさん:なるほど。
葛西さん:経理の仕事って、「この資料を作ればいいよね」みたいに、ふわっとした感じで終わることが多く、その後、上長がチェックして足りないところを巻き取って対応してしまうパターンが多いと思うんですよ。これはやはり指示が抽象的なので起こる問題だと思っていて。これではメンバーも何が足りなかったのか理解できるチャンスがありませんし、ずっとふわっとした認識で仕事をすることになってしまいます。
Tさん:すごくわかります。
葛西さん:そうならないためにも、「これを作ったうえで、ここまでチェックしてくれ」としっかり通知することが大切なんです。ある程度のベテランであれば、自分で先回りしてチェックまですることもできますが、若手が自分から全部先回りしてするのは難しいですから。
Tさん:具体的な指示出しを続けていけば、メンバーの業務への向き合い方も変わっていくものでしょうか。
葛西さん:やることが明確になることで、次に何をすればいいのか考えられるようになると思います。もちろん、これも人によるところではありますが、やるべきことが明確になることで余裕が生まれ、「こういうこともやるべきなのかな」と考えられる余白ができますから。AIを活用したりExcelを標準化したりといった業務のシンプル化、省力化を進めることも、メンバーが自分で考えられる余力を作る良い手でしょう。
Tさん:AI活用は私もよく考えるところではあるのですが、考える余裕を生むために使うという考え方ができるんですね。
葛西さん:そうなんです。「なぜ、これをやるのか」というメンバーの疑問を、上司ではなくAIに投げかけてもらうのもいいと思いますよ。もちろん、ハルシネーション(※生成AIが事実とは異なる情報や根拠のない内容を、もっともらしく自信満々に生成してしまう「嘘」や「作話」の現象)の問題もあるため、全部そのまま信用していいわけではないですが、ちょっとした疑問が生じたとき、上司にすぐ聞けないシチュエーションであれば、AIにバンバン聞いてみてもらえばいいと思います。
Tさん:なるほど。今、当部では私が率先して作業効率化の部分でAI活用を試みていて、その種をメンバーにもまいているところなんですが、上司の代わりに聞いてもらう相手としてのAI活用という方法もありですね。
葛西さん:「なぜ」がわかると、同じ仕事でもモチベーションが上がることがあると思います。上司が明確にクリアすべきハードルを設け、クリアした成果を褒めるという一連の流れを辿ることで、「あなたのやった処理は、会社の決算内でこういう重要な部分である」ところまでつなげてあげるのがいいのはもちろんなのですが、メンバーが自分でAIに聞くことで「なるほど、こういう意味がある仕事なのか」と知るやり方もあるということですね。
Tさん:上司なりAIなりから「この仕事は何に役立つものなのか」を知ることでモチベーションも上がり、「じゃあ、もっと深く知らなきゃ」と思えるようになるのかもしれませんね。
葛西さん:おっしゃる通りです。「財務諸表の勘定科目のここに直接影響するんだよね」ということがわかってくると、おのずと「だったら、ここをちゃんとやらなきゃ」という危機感にもつながっていくと思いますよ。
Tさん:なるほど。自分が若手だったころを振り返ると、任された経理処理が会社の決算、財務諸表のどこにどんな影響を与えたのかであったり、それがオフィシャルな書類として報告や申告書につながっていくことを知ったりしたときに、確かに達成感を覚えたなと思い出しました。自分の仕事が会社の経営判断につながる材料になったと感じられることは、経理の成果のひとつだなと。これから若手メンバーへの伝え方を考える際の参考にできそうです。今回はありがとうございました!
葛西さん:こちらこそ、ありがとうございました!