コーポレートガバナンス・コードとは、上場企業が持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を実現するために、金融庁と東京証券取引所(以下、東証)が共同で策定した「行動原則(ガイドライン)」です。
コーポレートガバナンス・コードとは、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもの。それぞれの上場会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、上場会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与することとなるものと考えられる。
参考:株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」
コーポレートガバナンス・コードは、企業に一律の対応を強制する法令や規則ではありません。各企業が自社のビジネスモデルや発展段階に応じて、自律的にガバナンス体制を整備・高度化するための指針(ソフトロー)として位置づけられています。
コーポレートガバナンス・コードの根本的な目的は、単に形式的なルール(チェックボックスを埋めるだけの対応)を整備することではなく、企業の持続的な成長と企業価値向上に直結する「攻めのガバナンス」を実現することにあります。
具体的には、各企業が本質的な取り組みを積み重ねることで、以下のような「資本市場の好循環」を生み出すことを目指しています。
コーポレートガバナンス・コード策定の背景には、1990年代初頭のバブル崩壊以降の「失われた20年」による長期デフレと、日本企業の国際競争力の低下という強い危機感がありました。
当時、多くの日本企業はデフレ環境下でリスク回避的な経営に傾斜し、過度なコスト削減や内部留保の蓄積を優先していました。その結果、欧米企業に比べてROE(自己資本利益率)が低迷し、グローバル投資家からの評価も低下する悪循環に陥っていたのです。
こうした「稼ぐ力」の低下を打破するため、政府は「日本再興戦略改訂版2014」において、企業の収益性と資本効率の向上を最重要課題に掲げました。その際、以下の3つの構造的課題が指摘されています。
参考:内閣府「日本再興戦略改訂版2014」
これらの課題を克服し、企業が株主等との対話を通じて自律的に経営の質を高め、健全なリスクテイクを行えるインフラとして、2015年3月にコーポレートガバナンス・コードが策定されました。
コーポレートガバナンス・コードは、従来の法律のような「一律の義務付け」ではなく、企業の自律的な変革を促すために「プリンシプルベース・アプローチ」と「コンプライ・オア・エクスプレイン」という2つの基軸で設計されています。
細かな規則で企業の行動を一律に定めるのではなく、企業が目指すべき「基本的な考え方(原則)」を示し、その具体的な適用を各社の判断に委ねる手法です。
企業は示された原則の趣旨を踏まえ、自社の事業特性や成長フェーズに応じて、具体的なガバナンスのあり方を設計します。その際には、単に形式的に取組内容を整えるのではなく、「何を実施するか(形式)」にとどまらず、「なぜそのような対応とするのか(本質)」という視点で内容を整理し、自社の実態に即して適用することが前提とされています。
すべての原則を一律に強制するのではなく、各原則に対して以下のいずれかの対応を求める仕組みです。
自社のビジネスモデルや成長ステージに照らして「適用しない方が合理的である」と判断した場合は、あえて遵守しない選択も認められています。その代わり、コーポレートガバナンス報告書などを通じて、その理由や代替案を投資家へロジカルに説明する「説明責任(アカウンタビリティ)」が重視されます。
コーポレートガバナンス・コードは、企業が個別の項目を形式的にチェックするだけの運用の広がりを受け、2026年7月に再編(コードのスリム化)が行われました。
この改訂では、従来の「補充原則」を廃止・整理し、これまでの「考え方」を「解釈指針」へとアップデートしています。これにより、企業が基本原則の趣旨に立ち返り、自社に最適なガバナンスを自らデザインして説明することを強く促す構造へと変化しています。
現在のコードは、以下の3層の構造で成り立っています。
コーポレートガバナンスの中核となる最上位の概念です。企業が共通して向き合うべき基本的な方向性や思想を定めています。
基本原則をブレイクダウンした、具体的な対応の方向性です。企業はこれらの原則を踏まえ、自社の経営環境に応じた体制を設計・運用します。
基本原則および原則の理解や、実務への適用をサポートする補足情報です。各原則の趣旨をどう捉え、どう行動すべきかの考え方や参考例が示されており、企業が自律的な判断を下す際の重要なガイドラインとなります。
コーポレートガバナンス・コードは、東証に上場するすべての企業に適用される指針です。
市場区分によって求められる対応範囲が異なり、プライム市場・スタンダード市場ではコード全体、グロース市場では基本原則について、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明するか)に基づく対応が求められます。
| プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 | |
|---|---|---|---|
| 基本原則 | 〇 | 〇 | 〇 |
| 原則 | 〇 | 〇 | - |
| 求められるガバナンス水準 | 意思決定プロセスの質や透明性において、最も高い水準の実効性が求められます。 | 上場企業としての基本的なガバナンス体制を前提としつつ、自社の規模や事業特性に応じた適切な運用が求められます。 | 現時点での制度整備だけでなく、将来の企業拡大に向けた体制構築の方向性が重視されます。 |
なお、コーポレートガバナンス・コードは上場企業を対象としたものですが、上場審査や主幹事証券会社・監査法人との協議において、本コードの趣旨を踏まえた体制整備があらかじめ求められるため、IPO準備企業にとっても実質的にクリアすべき重要な指標となっています。
また、名古屋証券取引所など他市場の上場企業においても、ガバナンス体制に関する情報開示が行われています。ただし、東証上場企業と同様の対応が必須となっているわけではありません。
コーポレートガバナンス・コードは、一律の体制構築を強制するものではなく、自社の状況に応じたガバナンスを設計し、その理由(経営判断の背景)をステークホルダーにロジカルに説明することを求める枠組みです。
なお、従来は5つの基本原則で構成されていましたが、2026年の改訂により「株主の権利確保」と「株主との対話」が統合され、現在は「4つの基本原則」として再編されています。
株主が権利を適切に行使できる環境を整え、投資家との「建設的な対話」を通じて中長期的な企業価値向上へと繋げます。権利確保と対話を一体として捉え、その実効性を高めることが重視されます。
従業員、取引先、顧客、地域社会など、会社の持続的な成長を支える多様なステークホルダーとの健全な協力関係を築きます。
投資家が企業を正しく評価できるよう、財務情報だけでなく非財務情報(戦略、リスク、ガバナンス等)も含めて適時・適切に開示し、経営の透明性を担保します。
取締役会等が、経営の意思決定と業務執行の監督という本来の役割を主体的に果たすことを求めます。単なる承認機関ではなく、「攻めのガバナンス」を牽引する実質的な機能発揮が必要です。
参考:株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」
2015年のコーポレートガバナンス・コード適用開始以降、日本企業のコーポレートガバナンス改革には一定の進展が見られました。一方で、企業価値向上に向けた取り組みをさらに促進する観点から、2026年7月の改訂では、企業の実質的な対応を後押しするための「プリンシプル化」・「スリム化」が行われました。
従来の「補充原則」を廃止・整理し、「解釈指針」へと統合・再編しました。これによりコード全体がシンプルになり、企業が向き合うべき本質的な「原則」がより明確化されています。
今回の改訂では、企業が各原則の趣旨を踏まえながら、自社の状況や経営戦略に応じたガバナンスのあり方を検討し、その考え方や取り組みを投資家やステークホルダーに分かりやすく説明することが、これまで以上に重視されています。
中長期的な企業価値向上に向け、成長投資や事業ポートフォリオの見直し等の「経営資源(投資・資本・人材)の配分」がこれまで以上に重視されています。
今回の改訂では、企業が成長に向けた経営戦略を明確にしたうえで、その戦略に沿った資源配分を行い、その妥当性や成果を継続的に検証していくことの重要性が示されました。
独立社外取締役の選任など、取締役会の体制整備に加え、「実際に取締役会が機能しているか」という観点から、企業価値向上につながる議論や監督機能の発揮がこれまで以上に重視されています。
株主が有価証券報告書の内容を十分に確認したうえで議決権を行使できるよう、有価証券報告書の株主総会前開示の重要性が明確化されました。
今回の改訂では、株主との建設的な対話を促進する観点から、投資家が十分な検討期間を確保できる開示時期のあり方が改めて示されています。具体例として、株主総会開催日の3週間以上前の開示や、株主総会の日程見直しなどが望ましい対応として示されています。
参考:金融庁「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」
2026年の改訂の背景には、コーポレートガバナンス改革の進展に伴って見えてきた新たな課題があります。特に、ガバナンスの実効性、成長投資の促進、株主との建設的な対話の充実が、重要なテーマとなっていました。
ガバナンスの体制整備については、各種統計データからも大きな進展が見て取れます。
金融庁の資料によると、2025年7月時点におけるプライム市場上場企業の98.8%が独立社外取締役を3分の1以上選任し、指名・報酬委員会の設置も9割を超えるなど、制度面の導入は多くの企業で進みました。
しかしその一方で、市場からは「実質的な経営監督や活発な議論が行われていない」「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守か説明か)が毎年同じ定型文の繰り返しとなっており、形骸化している」といった指摘が少なくありませんでした。
こうした状況を踏まえ、市場ではガバナンス体制の整備状況だけでなく、企業価値向上につながる実効的な運用の重要性がより強く認識されるようになりました。
日本企業は欧米企業と比較して、依然として現預金をはじめとする内部資源を多く保有している傾向にあります。しかし、この潤沢な手元資金が、設備投資や研究開発、あるいは人的資本といった「次なる成長投資」へと十分に回っていない点が長年の大きな課題とされてきました。
この背景には、資本コストや収益性を踏まえた投資判断の考え方が十分に整理されていないケースがあり、成長に向けた資源配分が進みにくいという課題がありました。
また、企業と投資家との間では、「どの程度の成長投資を行うべきか」「どのように企業価値向上につなげるべきか」といった点について、認識のギャップが見られることも指摘されています。
こうした状況から、経営戦略と資源配分の考え方を投資家と共有し、成長投資に対する理解を深める必要性が高まっていました。
株主との建設的な対話を支える重要な基盤の一つとして、有価証券報告書の株主総会前開示があります。2025年3月期時点では、上場企業全体で57.7%、プライム市場においては69.6%の企業が実施しています。
しかし実態をみると、開示時期が株主総会の直前(数日前など)というケースが依然として多く、投資家(特に膨大な銘柄を精査する必要がある機関投資家)が情報を深く読み込み、建設的な対話の準備をするための検討時間が不足しているという問題がありました。
そのため、投資家が十分な検討期間を確保できる情報開示のあり方が、新たな課題として認識されるようになりました。
2026年7月にコーポレートガバナンス・コードが改訂されました。
上場企業においては、改訂後のコーポレートガバナンス・コードへの対応状況を反映した最新のコーポレートガバナンス報告書を、2027年7月末までに東証へ提出する必要があります。
参考:株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス報告書の更新について」
2026年7月の改訂において、上場企業やIPO準備企業に共通して求められる最大のテーマは、これまでの形式的な体制整備から一歩踏み込んだ、ガバナンスの実質化(実効性の向上)です。
コーポレートガバナンス・コードは原則ベースのソフトローであり、実務にそのまま落とし込める具体的な手順までは示されていません。そのため、各社が自社の実態に応じて、実効性のあるガバナンス運用へと昇華させることが重要となります。
では、具体的にどのような対応を進めていけばよいのでしょうか。そのヒントとなるのが、経済産業省および東証が公表している以下の資料です。
これらの資料では、中長期的な企業成長に向けて、「戦略」「資源配分」「対話」をどのように一体で運用するかという観点から、具体的な実務対応や先進的な事例が示されています。
同社では、取締役会のアジェンダを「決議事項・報告事項・審議事項」に整理し、特に「審議事項」において十分なディスカッション時間を確保する運営へと見直しています。
事前の説明や資料共有を徹底することで、取締役会では報告や形式的な承認に時間を割くのではなく、経営戦略や事業ポートフォリオ、資源配分といった重要テーマについて、深度のある議論に集中できる体制を構築しています。
このような取り組みにより、表面的な議論にとどまらない多角的な検討や意思決定の質の向上が図られており、取締役会の実効性向上(議論の質の高度化)という観点で、今回の改訂の趣旨を体現する事例といえます。
同社では、従来は社内において資本コストや株価に対する意識が十分に浸透しておらず、投資家との対話も必ずしも経営に活かされていないという課題を抱えていました。
これに対し、IR部門を社長直下に再編し、投資家との対話を通じて得られた知見を、経営層に直接共有できる体制を構築しています。さらに、取締役会においても資本コストや企業価値向上に関する進捗や課題について継続的に報告・議論を行うことで、経営および取締役会レベルでの意識改革を進めています。
このように、投資家との対話を単なる情報発信にとどめず、経営や意思決定に反映させる仕組みを構築することは、今回の改訂で重視される「対話の実質化」および「ガバナンスの実効性向上」に直結する取り組みといえます。
コーポレートガバナンス・コードは、あくまでも「プリンシプルベース(原則主義)」に基づくものであり、具体的な対応の最適解は各企業の判断に委ねられています。
2026年7月の改訂により、従来の「補充原則」が廃止され「解釈指針」が新設されるなど、コードの大幅なスリム化が実施されました。これにより、形式的なチェックリストを埋めるような対応ではなく、「自社の状況や経営戦略に応じて主体的にガバナンスを設計し、そのプロセスを投資家へ適切に説明(エクスプレイン)する」という本質的な姿勢が、これまで以上に重視されるようになります。
特に、経営資源の配分、取締役会の意思決定プロセス、有価証券報告書の前倒し開示といった領域は、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に直結する重要なテーマです。
上場企業はもちろん、これから上場を目指すIPO準備企業にとっても、本コードが求める趣旨や目的を深く理解し、実効性のあるガバナンス体制をいかに構築していくかが、今後の持続的な成長の鍵を握るといえるでしょう。