電子帳簿保存法の義務化やインボイス制度の導入をきっかけに、経理部門ではペーパーレス化への関心が高まりました。こうした法改正をきっかけにシステムの導入や業務フローの見直しを進めた企業も多く、「紙を減らす」ことが業務改善の一歩だと感じている方は多いはずです。
しかし、実際に電子帳簿保存法の義務化が始まった今、税務調査で電子データの扱いについて厳しく問われたという話は思っていたほど耳にしません。世の中の企業は、どのくらいペーパーレス化が進んでいるのでしょうか?そして、自社はその中でどこに位置しているのでしょうか?
今回は、ペーパーレス化に取り組む中小企業の経理担当者・Bさんに、現場のリアルな声を伺いました。
ペーパーレス化の状況
―― ペーパーレス化に取り組み始めたきっかけは何でしたか?
Bさん:電子帳簿保存法の義務化が大きなきっかけでした。法対応の必要性が社内でも話題になり、「紙を減らす」ことが求められており、それが業務改善にもつながるという認識が広がりました。正直、最初は「また新しい制度か…」という空気もありましたが、経理部としては避けて通れない話だったので、前向きに捉えるようにしました。
―― 現在、どの程度ペーパーレス化が進んでいますか?
Bさん:経費の領収書や給与明細など、比較的取り組みやすい業務から電子化を始めました。クラウドサービスを導入し、証憑のスキャン保存や電子承認フローなどの仕組みは整ってきています。最初は「本当にこれで大丈夫?」という不安もありましたが、使ってみると意外とスムーズでした。
―― 紙が残っている業務はどんなものがありますか?
Bさん:取引先からの請求書はまだ紙で届くことが多く、スキャンして保存する手間が発生しています。社内申請も「紙の方が早い」と言って印刷して持ってくる社員がいるなど、紙と電子が混在している状態です。特に年配の社員は「紙の方が安心」と感じるようで、そこは根深いですね。
―― クラウドサービス導入に対する現場の反応はどうでしたか?
Bさん:最初は戸惑いもありました。「また新しいツール?」「操作が難しそう」といった声も多かったです。でも、実際に使ってみると「紙を探す手間がなくなった」「承認が早くなった」といった声が増えてきて、少しずつ前向きな空気に変わっていきました。
どうやってペーパーレス化を進めたのか
―― 社内に対してどのようにペーパーレス化の必要性を伝えましたか?
Bさん:「紙を減らすことのメリット」を明確に伝えることを意識しました。その際、経理部のメリットではなく、従業員側のメリットを伝えることにとても苦労しましたよ(笑)会社としてやらないといけないことなのに、なんで私たちが。と思うこともありましたが、覚悟を決めて進めた感じです。申請に掛かる時間の削減や、確認する際の検索性向上など、具体的な利点を共有しました。特に「探す時間が減る」「ミスが減る」という点は、現場の共感を得やすかったです。
―― ペーパーレス化を進める際に工夫したことはありますか?
Bさん:操作マニュアルを作成し、社内説明会を開いて現場の不安を減らすようにしました。マニュアルは、実際の業務フローに合わせた運用設計を心がけました。説明会では「本当に紙をなくして大丈夫なのか?」という質問が多く、丁寧に答えることで少しずつ理解が進みました。最初は説明会やマニュアル作成など手間がかかりますが、そのあとの自分への問い合わせが削減できると思って、何とかやり切りました。
―― どのような順序でペーパーレス化を進めましたか?
Bさん:まずは経費の領収書や給与明細など、社内で完結できて、頻度が多く成果が見えやすい業務から始めました。徐々に請求書や購買申請など他の業務にも広げていこうと考えています。最初から全部やろうとすると現場が混乱し、結局何も進まなかったということになりかねないので、「まずはここから」とスモールステップで進めていくことを意識しました。社内の紙が全部なくなるのはまだまだ先かもしれませんが、紙がなくなることによるメリットは実感しているので、そのメリットを享受するために少しずつ進めています。
―― ペーパーレス化を進められてみて変化はありましたか?
Bさん:従業員からは「紙を探す手間がなくなった」「承認が早くなった」といった声が出てきて、システムを活用したペーパーレス化の定着が進みました。経理部としては、特に月末の処理がスムーズになったのは大きな成果です。以前は紙の束を抱えて走り回っていたのが、今ではPC上で完結するので、業務時間の削減もですが、私自身の精神的な負担が削減されたと感じています。
ペーパーレス化で苦労したこと
―― ペーパーレス化に対して現場からの反発はありましたか?
Bさん:ありましたね。先ほどもお伝えしましたが、特に年配の社員からは「紙の方が安心」「見やすい」といった声が多くて…。新しいツールに対する抵抗感も強く、「また覚えることが増えるのか」とため息をつかれることもありました。こちらとしては業務効率化のための施策なのですが、現場の心理的ハードルは想像以上に高かったです。
―― 外部とのやり取りで課題はありましたか?
Bさん:請求書のペーパーレス化も進めている最中なのですが、やはり難しさを感じています。取引先が紙でのやり取りを希望する場合、こちらだけ電子化しても意味がなくて…。結局、紙を使わざるを得ない場面が出てきます。電子化した書類を印刷して送るという、なんとも矛盾した運用になってしまうこともあり、正直もどかしいです。
―― 税理士との連携はどうでしたか?
Bさん:税理士の先生も「紙の方が見やすい」とおっしゃることが多くて、電子データを渡しても結局印刷されてしまうことがありました。こちらとしては「せっかく電子化したのに…」という気持ちになりますが、相手の業務スタイルもあるので、無理に押し付けるわけにもいかず、過渡期ということでお互いの納得する形で業務ができればいいかなと今は捉えています。
―― システム導入に関して課題はありましたか?
Bさん:導入したシステムが高機能すぎて、現場では「使いこなせない」「操作が複雑」といった声が出ました。特に初期は問い合わせが殺到して、経理部がサポート窓口のようになってしまって…。その経験から、今では段階的な導入と、現場の声を聞きながら進めること、わかりやすいマニュアルを作成することを心掛けています。
今後の方針
―― 今後のペーパーレス化の予定について教えてください
Bさん:まずは、紙が残っている業務を改めて洗い出して、無理なく電子化できる部分から進めていきたいです。いきなり全部を変えるのではなく、「ここならできそう」というところから一歩ずつ進めていければと思っています。もちろん、全部が一気にペーパーレス化できたら素晴らしいのですが、やはり長年紙で行い続けてきた業務なので、すぐに変わるという前提を無くし、時間のかかるものだと考え時間をかけて取り組んでいきたいです。
―― 現場との連携でより意識されたいことはありますか?
Bさん:今以上に現場との対話を重ねていきたいと思っています。制度改正がきっかけだったので、期限との兼ね合いや、やらざるを得ないものとして進めてしまったことが今までの反省点です。私たち経理部も、現場従業員も同じ会社に属する一員なので「なぜこれを変えるのか」「どうすれば負担が減るのか」を一緒に考えるようにしていきたいです。全員が納得し、定着するような仕組みを構築していきたいです。
―― 今後の展望について教えてください。
Bさん:そうですね。他部署との連携や外部とのやり取りも含めて、全体最適を意識した取り組みに広げていきたいです。経理だけが頑張っても限界があるので、会社全体で「紙を減らす文化」を育てていけたらと思っています。そうした理解を得ていくためにも、今進んでいるペーパーレス化について、業務時間の削減や書類紛失のリスク低減など、数字で示せる成果をまとめていければと思っています。まだ紙はたくさん残っていますが、ペーパーレス化できた部分も確実にあります。そこを「なんとなく便利」で終わらせるのではなく、「これだけ時間が浮いた」「これだけコストが減った」と言えるようにして、どんどん広げていきたいですね。
本日は、ペーパーレス化に取り組まれているBさんに現在のリアルについてお伺いしました。
印象的なのは、今も「進行形」であるということ。もともと紙文化が根強い日本ですから、完全にペーパーレス化をすることはなかなか難しいことなのかもしれないと考えさせられました。きっと、世の中の企業の多くが“ペーパーレス化の途中”にいて、紙と電子が混在する状態で試行錯誤を続けているのでしょう。
“完全なペーパーレス化”を前提において、まだ残っている紙と向き合うのではなく、まずは身近で一番使っている書類をペーパーレス化するとしたら?と、できるところに目を向けてみるのがいいのかもしれません。