給与から所得税を源泉徴収すると、毎月期日までに「所得税徴収高計算書」を作成し、提出・納税しなければなりません。期限に遅れると延滞税や加算税のリスクが生じるため、賞与支給や年末調整など特別な業務と重なる月は、納付漏れがないか心配になる担当者も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、所得税徴収高計算書について、納付方法や書き方、計算方法などの基礎知識を整理し、実務で起こりやすい注意点や業務効率化のポイントについて解説します。
「所得税徴収高計算書」は、企業が従業員や外部に支払った給与や報酬から源泉徴収した所得税を納付する際に使用する書類です。「源泉所得税納付書」とも呼ばれます。
企業は、所得税法や国税通則法に基づき、源泉徴収した所得税を原則として、給与等を支払った月の翌月10日までに納付することになっています。ただし、給与を支払う従業員が常時10人未満の場合は、「納期の特例」の適用を受けることもできます。特例を受けるには、所轄税務署に「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出し、承認される必要があります。特例が適用されると、納付期限は年2回となり、1月~6月分を7月10日まで、7月~12月分を翌1月20日までに納付することになります。
所得税徴収高計算書は、支払いの内容に応じて複数の区分が設けられており、それぞれに書類が用意されています。そのため、支払った内容に応じて正しく仕分けして、適切な書類に記入しなければなりません。
使用頻度の高い所得税徴収高計算書には、主に次のようなものがあります。
一般的に「給与や賞与から天引きした源泉所得税」を納めるための区分です。従業員に支払う給与、特定の資格を持った個人への報酬からの源泉徴収のほか、退職金から天引きした税金もここに含まれます。
外部の士業(税理士、弁護士、司法書士など)への報酬、講師謝金、原稿料、講演料や、業務委託契約でフリーランスなど個人に支払う報酬(原稿料、デザイン料、外注費など)から源泉徴収した場合に使用します。
銀行や金融機関などが利息から天引きした税金を納めるときに使います。
株主に配当を支払った際に天引きした税金を納めるときに使います。
所得税徴収高計算書には、支払区分ごとに設けられた欄に源泉徴収税額を正しく記載する必要があります。
特に、「給与」項は頻度が多い一方で、記載ミスも発生しやすくなっています。
ここでは、使用頻度が高い「給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書」について、どのような内容を記載するのか整理していきます。
出典:国税庁PDF「給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書(一般用)の様式及び記載要領」
納付する年度、所轄税務署、納期等の区分を記載します。整理番号は、所轄税務署が納税者を特定するために付与する番号(8桁)で、毎年同じ番号が使用されるため、不明な場合は、過去の申告書類や税務署から送られてきた確定申告のお知らせなどで確認しましょう。
所轄税務署から配付される所得税徴収高計算書は、納付年度、税務署名、整理番号があらかじめ印字されています。
自社の所在地、社名を記載します。所轄税務署から配付される用紙にはあらかじめ印字されているため、誤植がないか確認しておくと良いでしょう。
摘要欄は、未払役員賞与や司法書士等に支払う報酬がある場合に、その旨を記載します。
給与や賞与、退職手当などの支給内容ごとに、支払年月日、支払った人数、支給した俸給・給料等の総額、源泉徴収した税額を計算し、所定の欄に記載します。賞与または日雇労務者の賃金は、給与とは別に欄が設けられているため、分けて記載しましょう。
なお、2026年9月下旬から、所得税徴収高計算書(納付書)の様式が変更される予定です。
具体的には、整理番号が「お問い合わせ番号(13桁)」になり、税務署から送付する文書と納税者情報が紐付けられます。他にも、「納期等の区分」欄などに元号の記載欄が、「徴収義務者」欄に郵便番号およびフリガナの記載欄が追加される予定で、サイズも現行のA4三つ折りサイズ程度の複写式から、A4サイズの単票式になります。
現行の様式は2028年(令和10年)9月頃まで使用できますが、早めに新様式になれておくようにしましょう。
所得税徴収高計算書の提出・納付方法には、紙の様式で提出・納付する方法とe-Tax(国税電子申告・納税システム)による電子申告があります。いずれも、法的には同等の効力を持ちますが、業務の流れや作業負担に違いがあるため、それぞれの特徴を理解し、効率的な方法を選択するのが良いでしょう。
「給与支払事務所等の開設届」を提出した企業には、税務署から毎年納付書の冊子(納付書つづり)が送付されます。送付された所得税徴収高計算書には、所轄税務署名や企業ごとに割り振られた整理番号、納期区分等があらかじめ印字されています。納付の際は、印字されている箇所以外の必要事項を記載し、切り離さずに納付場所に提出します。
提出方法は、所轄の税務署窓口への提出または送付があります。また、金融機関に税額納付とともに提出することも可能です。提出後は控えを受け取り、納付領収印を確認して保管しましょう。
紙での納付は従来から広く用いられており、年配の経営者や小規模事業者にも馴染みのある方法です。税務署や金融機関窓口で対面処理できるため、確認や質問もその場で行え、再提出が起こりにくいことが利点です。
ただし、手書きのため転記ミスや記入漏れのリスクが高く、締切直前に修正が発生すると時間を取られることもあります。また、窓口提出は移動時間や手続きの手間、郵送は配達日数を考慮する必要があります。
国税庁が提供するe-Taxを利用すると、紙の納付書を使わずにオンラインで申告・納付ができます。
出典:e-Tax(国税電子申告・納税システム)「源泉所得税(徴収高計算書)についてよくある質問」
e-Taxにログインし、必要事項を入力すると紙の様式と同形式で入力内容を確認できるため安心です。納付方法も、以下のオンライン決済が選択できるため、所轄税務署や金融機関に出向くことなく、事務所や在宅勤務環境からでも即時に納付まで完了できます。控えはデータで保存できるため、紙のようなファイリング作業や保管スペースは必要ありません。
昨今は、電子申告の利用も拡大しており、国税庁の調べによると、法人税申告や法人の消費税申告では90%を超えています。しかし、中小企業の中には、まだ「紙の処理に慣れている」「電子環境が整っていない」という理由で紙の納付書を使い続けるケースも少なくありません。どちらを選ぶにせよ、「期限を守るための体制」の整備が担当者にとって大きな課題となるでしょう。
所得税徴収高計算書の作成そのものは、それほど難しくありませんが、実務では細かい手間や注意点が複数あります。
最近は、給与システムで自動作成するケースも増えていますが、手作業で作成する場合は次のような点に注意しておきましょう。
区分の判断に迷うことはよくあります。特に、給与と報酬の混同は非常に多く、実務上もっとも典型的な誤記の一つといえます。
例えば、臨時アルバイトへの日当は給与所得に含まれますが、単発のセミナー講師への謝金は報酬に分類しなければなりません。似たような人件費であっても、契約形態や支払の性質によって区分が変わるため、このように判断に迷うことも少なくありません。
また、退職金は必ず退職所得として区分しなければなりませんが、退職金と同時に支給する「功労金」などを給与扱いしてしまうケースもあり、誤りの原因になりがちです。
このような区分ミスは、納付額や提出内容の誤りにつながるだけでなく、税務署からの問い合わせや訂正の手間を生むため注意しましょう。
給与システムで作成する場合、「給与」「報酬」を分けて設定できれば、入力段階で自動的に区分されるため、担当者の判断ミスを減らせます。
紙の納付書を使用する場合、修正箇所に二重線を引き、余白に修正内容を記載します。訂正印は不要ですが、修正箇所が多くなると見た目に分かりづらくなり、金融機関や税務署で受理を渋られる可能性があります。また、支払年月日や合計額の誤りは差し戻しの対象となりやすく、再度窓口に並び直さなければならないことにもなりかねません。
提出期限の直前は担当者の負担も一気に増大するため、極力記載ミスがないように注意しましょう。
源泉徴収税額が発生しなかった場合でも、所得税徴収高計算書は提出が必須です。「0円なら提出不要」と誤解して未提出のままにすると、税務署から「提出漏れ」として問い合わせを受ける可能性があります。
金銭的な影響がないからと軽視せず、必ず提出しましょう。
源泉所得税額の計算には、次の計算式を用います。
源泉所得税額 = 課税対象額 × 税率 − 控除額
例えば給与が30万円、源泉徴収税額表に基づく税率が5%で控除額が0円の場合、源泉所得税は以下のようになります。
300,000円 × 5% − 0円 = 15,000円
ここで発生する端数は、「50円未満切捨て、50円以上100円未満切上げ」で処理を行うため、従業員ごとに端数処理を行った合計額と、総額をまとめて処理した場合の金額が一致しないことがあり、数十円単位のズレが生じます。こうした不一致は、税務署への提出前のチェックで引っかかりやすく、再計算や修正に時間を取られる原因となります。
手計算やExcelなどで計算する場合、「個別処理を優先する」か「総額処理を優先する」か、従業員ごとの端数処理方法と総額の端数処理方法をルール化しておきましょう。数十円の誤差は、税務署側でも「端数処理による差異」として想定されているため、迷った場合は総額処理を基準に納付書を作成し、個別処理との差額を内部資料として控えておくと、後日の問い合わせにも対応しやすくなります。
期限までに所得税徴収高計算書を提出し、源泉所得税を納付できなかった場合、不納付加算税と延滞税が加算されます。不納付加算税は、自主的に期限後納付した場合5%ですが、税務署から指摘を受けて納付した場合は10%(最大15%)になります。
賞与支給月や年末調整後の1月は、業務が集中するため、提出や納付そのものを失念しやすくなります。また、電子申告を行う企業では、ネットバンキングの設定不備や利用者識別番号の失念により、送信エラーが発生して期限直前に慌てるケースも少なくありません。
納付時に「遅延理由」を簡潔に記載すると、税務署で柔軟に扱われることもありますが、未納付の事態にならないよう、余裕を持ったスケジュールで、できるだけ早く提出・納付を行うようにしましょう。
所得税徴収高計算書の作成は、一見シンプルに見えますが、実務では細かな区分判断や端数処理、訂正など気の抜けない対応が多いものです。毎月発生する作業が故に、「慣れ」だけに頼ると提出漏れや納付遅延といったリスクにもつながります。
一般的な給与システムには、源泉所得税額を自動計算し、そのまま所得税徴収高計算書を作成する機能が備わっているため、手作業で行うよりも効率よく正確な書類を作成することができます。
例えば、支払区分は契約形態に応じて「給与」「報酬・料金」などを設定でき、入力段階で自動的に区分されます。また、税法に基づいた端数処理ルールがシステム上に組み込まれているため、計算に一貫性が保たれます。計算過程で生じる従業員ごとの端数と総額の端数の差異についても、統一したルールで自動処理され、再集計や修正の手間を大幅に削減することが可能です。
給与奉行iクラウドの場合、納付月を指定するだけで、人員や支給額、納税額など計算書に転記する内容が自動的に計算され、そのまま所得税徴収高計算書(納付書)に転記するための資料を出力できます。
さらに、システムから電子申告や電子納付ができれば、作成から提出・納付まで、オフィスにいながら業務を完結できます。
例えば法定調書奉行iクラウドは、所得税徴収高計算書のデータ作成・送信、所得税の電子納税まで行うことができます。
給与奉行iクラウドと連携することで支払金額等が自動で反映され、所得税徴収高計算書のデータが自動で作成されます。提出したい区分の所得税徴収高計算書を選択して実行すれば、提出用データが自動で作成され、提出内容も計算書のフォーマットで確認することも可能です。
問題なければ、そのままe-Taxに送信できます。法定調書奉行iクラウドの画面上でe-Taxのメッセージボックスも確認できるため、e-Taxにアクセスしなくても、正しく送信できているかチェックできます。
所得税徴収高計算書の作成・納付は、給与計算に付随して毎月必ず発生する重要な業務です。それゆえに、正確で効率的な処理体制を整えることは、単なる業務効率化にとどまらず、組織全体の信頼を支える基盤となります。
ぜひこの機会に、所得税徴収高計算書の作成・納付業務をシステム化して、紙の納付書から電子納付へと切り替えてみてはいかがでしょうか。
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