昇給は、企業の賃金制度や人事評価制度の中核を成し、年収や給与水準だけでなく、人件費や固定費、社会保険料の負担にも直結する重要な要素です。経理・労務管理の担当者にとっては、給与計算や算出ルールの把握、経営計画との整合性、業績評価との連動など、検討すべき点が多くあります。
また、昇給率や賃上げ率の動向、大企業と中小企業の実施割合の差、春季労使交渉による影響など、外部環境の理解も欠かせません。本記事では、昇給の意味から制度の種類、相場、課題までを体系的に整理し、企業ごとの適切な運用に役立つポイントを解説します。
企業が人材を確保し、社員のモチベーションアップを実現するためには、昇給制度の整備と運用が重要です。まずは昇給の基本的な部分を整理し、確認します。
昇給とは、社員の基本給が増額されることを指します。賞与や手当ではなく「毎月の給料そのもの」が上がるため、人件費や社会保険料といった固定費が継続的に増加する点が企業にとっての大きな特徴です。賃金制度や給与水準の見直しとも関係し、経営計画や労務管理の観点でも重要なテーマとなります。
昇給が行われる背景には、さまざまな評価要素があります。
例えば、
などがあり、これらを総合的に考慮して決定されます。企業ごとに評価制度やルールは異なるものの、公平性と納得感のある運用が求められます。
昇給と混同されやすいのが昇進です。昇給は基本給が上がることであるのに対し、昇進は役職や地位が上がることを意味し、賃金制度や人事制度の中でもまったく別の機能を持ちます。例えば、「課長代理」→「課長」のように、職位が変わるのが昇進です。
実際には昇進に伴って役職手当が支給されることで、結果的に手取りが増え「昇給した」と捉えられることがあります。しかし、あくまで昇進は役割変更が中心であり、昇給とは概念が異なる点には留意しましょう。
もう一つ似た概念に昇格があります。昇格とは、企業の等級制度における等級や資格が上がることを指し、職務遂行能力・役割期待・専門性の高さなどが主な評価軸になります。
例えば、「2等級」→「3等級」といった変化が昇格です。昇格をすると、等級に紐づいた給与テーブル(賃金制度)が引き上げられるため、結果として基本給の増額(昇給)が伴うことがあります。
ただし、昇格は「地位」ではなく「等級」の引き上げである点が昇進とは異なります。企業の人事制度では、
という3つを区別して設計するのが基本です。
また、昇進や昇格がなくても、一定の評価や勤続実績に応じて昇給のみを行うことは可能であり、会社規模や制度整備の状況、経営計画などによって実施状況は異なります。労働者のモチベーション向上のため、どの仕組みをどの割合で考慮するかは企業ごとの方針に左右されます。
企業が運用する昇給制度にはいくつかの種類があり、それぞれ目的や評価の仕組みが異なります。ここでは昇給制度の違いを解説します。
企業が毎年決められた時期に実施するものが、定期昇給制度です。いわゆる日本的な年功序列や予測しやすい給与体系の中核を成す仕組みといえます。前年度の業績評価や人事考課と連動しており、勤続やスキル向上を踏まえて社員の収入を段階的に引き上げる目的で運用されています。
高卒採用を含む幅広い労働者層に適用されることが多く、給与カーブが事前に予測しやすい点が特徴です。一方で、社会・経済情勢によっては固定費が増えるため、実施の決め方や規定の見直しが必要になるケースもあります。
業績悪化や固定費の圧迫が懸念される場合、金額の見直しや昇給そのものの見送りとすることも可能です。
また、定期昇給と混同されやすい制度にベースアップ(ベア)がありますが、内容は異なるものです。定期昇給が「個人の年次とともに給与を上げる仕組み」であるのに対し、ベアは「全社員の基本給水準を底上げする施策」です。賃金表そのものを引き上げるため企業の固定費に直接影響します。
さらに、ベアは春季労使交渉や経団連の方針、経済状況など外部環境とも密接に関わり、実施割合や賃上げ率の動向にも影響を及ぼします。
臨時昇給は、定期昇給とは別のタイミングで行われる特別な昇給です。企業の業績が大幅に伸びた場合や、従業員が特別な功績を上げた場合など、限定的な理由で実施されます。毎年必ず行われるものではなく、経営判断によって決まる点が特徴です。
普通昇給とは、勤続年数や職務能力の向上を踏まえて行われる標準的な昇給です。企業があらかじめ就業規則や賃金規程の中で昇給の目的や評価項目を明確にしておき、その規定に沿って実施されます。
多くの企業では、普通昇給は業績評価(人事考課)と連動し、年度ごとの評価結果に基づいて昇給額が決まります。定期昇給の仕組みの中に組み込まれる形で運用されることが一般的で、給与体系の予測可能性を高める役割も担っています。
自動昇給は、年齢や勤続年数に応じて自動的に給与が上がる年功序列型の仕組みです。人事評価とは切り離されており、就業規則や賃金規程に基づいて全従業員を一律に対象とする点が特徴です。
企業側にとっては、昇給の目的や基準が明確で予測可能な給与体系を維持できるというメリットがあります。
業績・勤務態度・成果などの評価結果に基づいて昇給額を決定する制度で、査定昇給とも呼ばれます。定期昇給とあわせて実施されることもあり、評価制度との連動性が高い点が特徴です。一方で、評価プロセスには業績データの確認や面談など一定の手間がかかり、管理職の負担が大きくなる点がデメリットです。
特別昇給は、社員の顕著な功績や高度な専門資格取得など、通常の評価項目では測れない、貢献度に応じて行う昇給です。例えば、大型契約の獲得、新規事業の成功、技術開発による業績貢献などが典型例です。
賃金規程には「特別昇給は会社が必要と認めた場合に実施する」と定められることが多く、通常の昇給制度とは別枠の経営判断として扱われます。優秀な人材を適切に処遇することで労働意欲を高め、転職リスクを下げる効果が期待でき、企業経営の安定にも寄与します。
昇給制度は、単に給与を上げるための仕組みではありません。企業経営の安定、人材確保、従業員満足度の向上など、多くの役割を担っています。中小企業では特に、限られた人材の中でどのようにモチベーションを維持し、生産性を高めるかが重要となるため、昇給制度の目的や意味を正しく理解することが欠かせません。ここでは、昇給の目的と役割の詳細について紹介します。
昇給は、従業員の貢献度や成果を給料に反映させる仕組みとして機能します。スキル向上や責任の重い業務を任せるようになった場合、その内容に見合った給与へ見直すことで、組織としての公平性を保つことができます。
適切な昇給が行われることで、従業員の不満を抑え、評価制度への信頼性も高まります。
昇給、特に考課昇給は、従業員にとって最も分かりやすいモチベーションの源泉です。「成果が上がれば自分の給与も上がる」という仕組みは、日々の働き方に良い影響を与え、仕事への姿勢や労働意識を高めます。一方で、評価基準があいまいなまま運用されると、昇給の妥当性が見えづらく、モチベーション低下につながるおそれもあります。だからこそ、評価制度を明確にし、昇給の仕組みを適切に伝えることが重要です。
また、将来的なライフプランを描く際にも、昇給がどの程度見込めるのかを従業員が把握できることは大きな意味があります。将来の収入の見通しが立つことで仕事への安心感が増し、結果として生産性の向上や業績改善につながり、企業全体のパフォーマンス向上にも寄与します。
昇給は、「努力すれば評価される」というメッセージそのものです。この仕組みが従業員の意欲を刺激し、キャリア形成への積極的な姿勢を促します。
資格取得やスキルアップに取り組む社員が増えることで、組織全体の専門性が高まり、長期的な成長基盤をつくることができます。
適切な昇給制度は、従業員の定着率を高め、優秀な人材の流出を防ぐ効果があります。特に中小企業では採用競争が激しく、求職者が企業を“検索”して比較する場面も増えているため、明確な昇給制度は会社の魅力そのものにつながります。
また、人事労務の観点では、昇給制度をどのように労務管理へ活用し、評価制度や賃金体系と連動させるかが重要です。制度が社会の賃金動向とかけ離れていれば不満につながりやすく、逆に市場水準を意識した運用ができれば、従業員の安心感やモチベーションに寄与します。
モチベーションの高い人材を維持できれば、企業の競争力が高まり、経営の安定性を強化できるでしょう。
物価上昇が続く局面では、同じ給与額でも実質的な所得が目減りします。生活水準を維持できなければ、従業員の不安が高まり、働き方にも影響が出ます。昇給やベースアップを通じて適切に給与水準を引き上げることは、企業が従業員へ提供できる重要なセーフティネットであり、安心して働ける環境づくりの一環です。
昇給額の判断には、企業の業績や人件費だけでなく、国内全体の賃上げ動向を把握しておくことが欠かせません。特に近年は物価上昇や人材確保の競争が強まり、賃金改定額・改定率ともに高水準の傾向が続いています。社会全体の賃金概況を踏まえることは、経営判断だけでなく、社労業務や労務管理の実務にも直結する重要なポイントです。ここでは、統計をもとに企業規模別・業種別の昇給相場を解説します。
厚生労働省「令和6年 賃金引上げ等の実態に関する調査」によると、2024年(令和6年)の民間主要企業の賃上げ実績は以下のとおりです。
これは、1999年以降で最も高い水準となっており、賃上げが広く実施された年であったことがわかります。物価上昇に加え、各企業が人材確保に向けて給与水準の見直しを進めたことが、改定額の増額につながったと考えられます。
賃金改定額・改定率は、企業規模が大きいほど高くなる傾向が続いています。大企業は収益基盤が安定しており、賃金の上限設定や下限調整の余裕があるといえるでしょう。一方で中小企業でも前年より昇給幅が拡大しており、賃上げが進んでいることが読み取れます。
| 企業規模 | 令和6年 1人平均賃金の改定額(円) |
令和5年 1人平均賃金の改定額(円) |
令和6年 1人平均賃金の改定率(%) |
令和5年 1人平均賃金の改定率(%) |
|---|---|---|---|---|
| 5,000人以上 | 15,121 | 12,394 | 4.8 | 4.0 |
| 1,000 ~ 4,999人 | 12,317 | 9,676 | 4.1 | 3.1 |
| 300 ~ 999人 | 10,618 | 9,227 | 3.8 | 3.2 |
| 100 ~ 299人 | 10,228 | 7,420 | 3.7 | 2.9 |
業種によって昇給水準は大きく異なります。人材不足が深刻な建設業や金融業、製造業などでは特に高い改定率が見られます。一方、利益率が低い業態や景気変動の影響を受けやすい業種では、他業界に比べて伸び率が抑えられる傾向があります。
全体を見ると、多くの業種で前年より昇給額・昇給率が増加しており、広い範囲で賃金の底上げが進んでいることがわかります。特に金融業・建設業・製造業などで高い水準となっており、専門性の高い人材確保をめぐる競争が背景にあると考えられます。
| 業種 | 平均賃金改定額(円)2024年 | 平均賃金改定額(円)2023年 | 平均賃金改定率(%)2024年 | 平均賃金改定率(%)2023年 |
|---|---|---|---|---|
| 鉱業・採石業・砂利採取業 | 14,616 | 18,507 | 5.9 | 5.2 |
| 建設業 | 15,283 | 12,752 | 4.3 | 3.8 |
| 製造業 | 13,262 | 9,774 | 4.4 | 3.4 |
| 電気・ガス・熱供給・水道業 | 14,619 | 10,131 | 4.3 | 3.3 |
| 情報通信業 | 14,989 | 15,402 | 4.3 | 4.5 |
| 運輸業・郵便業 | 9,030 | 6,616 | 3.2 | 2.7 |
| 卸売業・小売業 | 11,922 | 8,763 | 4.3 | 3.1 |
| 金融業・保険業 | 15,465 | 10,637 | 4.6 | 3.2 |
| 不動産業・物品賃貸業 | 12,554 | 11,560 | 4.0 | 3.7 |
| 学術研究・専門・技術サービス業 | 14,772 | 10,642 | 4.4 | 3.2 |
| 宿泊業・飲食サービス業 | 9,654 | 8,401 | 3.7 | 4.4 |
| 生活関連サービス業・娯楽業 | 8,543 | 6,832 | 3.2 | 2.5 |
| 教育・学習支援業 | 7,176 | 7,682 | 2.7 | 2.7 |
| 医療・福祉 | 6,876 | 3,616 | 2.5 | 1.7 |
| サービス業(他に分類されないもの) | 7,353 | 6,343 | 3.2 | 2.2 |
出典:厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査:結果の概要」
出典:厚生労働省 PDF「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査_概況 2 賃金の改定額及び改定率」
昇給制度を運用するうえで、昇給額や昇給率の算出方法を正しく理解しておくことは、給与計算や人件費管理の基本です。ここでは、もっともシンプルな計算式をもとに、算出方法を確認します。
昇給額は、昇給後の給与額から昇給前の給与額を差し引いて算出します。
計算式
昇給額 = 昇給後の給与額 - 昇給前の給与額
例
月給25万円 → 26万円になった場合
26万円 − 25万円 = 1万円(昇給額)
昇給率は、昇給額を昇給前の給与額で割り、100を掛けて%表示をします。
計算式
昇給率(%) = 昇給額 ÷ 昇給前の給与額 × 100
例
月給25万円 → 26万円の場合
1万円 ÷ 25万円 × 100 = 4.0%
昇給率は、企業全体の賃上げ率や他社比較、業界相場との比較に用いられるため、経営計画や人件費予測でも重要な指標になります。
昇給率の計算方法は? 2025年の傾向や昇給を行う前にやっておきたいことを解説
昇給制度は組織の成長や従業員のモチベーション向上に欠かせない仕組みですが、制度の運用にはさまざまな課題があります。特に中小企業では、人件費の制約や評価体制の不十分さが問題になりやすく、制度が形骸化してしまうケースも見られます。
ここでは、昇給制度を設計・運用する際の注意点について紹介します。
考課昇給では、評価結果が従業員の期待とずれることで不満が生まれやすいという課題があります。「なぜこの評価なのか」といった質問に対し、明確に回答できなければ、制度そのものへの信頼が揺らぎ、モチベーションの低下につながることもあります。
そのため企業側は、評価シートの書き方や業績評価のプロセスを従業員が正しく把握できるようにすることが重要です。評価基準があいまいなままでは、経験年数や成果がどのように昇給へ反映されるのかが伝わらず、納得感を得ることは困難です。
透明性の高い評価基準と、評価面談での適切なフィードバックに加え、必要に応じて管理職への評価運用のサポート体制を整えることで、従業員の理解を促進し、昇給制度をより健全に機能させることができます。
公平な評価を行うには、目標設定、中間面談、期末評価、評価会議など多くの工程が必要で、管理職の負担が重くなりやすい点が課題です。特に中小企業では評価者の数も限られているため、評価制度の運用が属人的になりやすく、負担が集中する傾向があります。
営業職のような特定の職種であれば成果を数値化しやすいものですが、事務職や技術職では業務の成果を定量化しにくいことが課題となります。そのため、公平な評価基準の設定が難しく、企業によっては「評価の形骸化」や「評価のばらつき」が発生することもあります。
近年の物価上昇により、従来の昇給制度では生活水準を維持できないケースが増えています。特にインフレが急速に進む局面では、昇給額よりも物価上昇率のほうが高くなりやすく、結果として実質賃金が目減りし、従業員の不満や離職につながる可能性があります。
一方で、企業側にとっては急激な賃上げが人件費負担の増加を招き、経営を圧迫するというリスクも存在します。昇給をどの程度の水準で「適用」するかは、業績や経営計画、社会全体の賃上げ動向を踏まえた慎重な判断が求められます。
こうした背景から、インフレ手当の支給、臨時昇給の実施、特定人材への賃金調整など、状況に応じて柔軟に運用できる仕組みづくりが求められます。
昇給制度は、従業員の成長や貢献を給与に反映し、組織の活力を高めるための重要な仕組みです。適切に運用すれば、モチベーション向上や人材の定着、生産性向上といった効果が期待できます。一方で、評価基準の難しさや手続きの負担、物価上昇への対応など、企業側が抱える課題も少なくありません。
こうした課題を乗り越えるうえで役立つのが、評価と給与計算が連動するクラウドサービスの活用です。総務人事奉行iクラウドと給与奉行iクラウドを併せてご利用いただく※ことで、評価情報を反映した昇給額の自動計算から給与計算への反映、人件費の確認を簡単に行えるようになります。
※賃金改定オプションが必要です。
改定履歴の管理や社会保険料への自動反映など、実務で負担になりやすいポイントもスムーズに処理できるため、担当者の工数削減と制度運用の精度向上に役立ち、おすすめです。
昇給は企業成長に直結する重要なテーマだからこそ、制度そのものだけでなく、運用を支える仕組みづくりが欠かせません。総務人事奉行iクラウド、給与奉行iクラウドを活用することで、昇給業務を効率化し、より納得感の高い制度運用を実現できるでしょう。
昇給制度を運用する立場として、経理・人事労務担当者は制度理解だけでなく、賃上げ率の動向や関連する仕組みとの違いを正しく把握しておく必要があります。ここでは、昇給に関するよくある質問について解説します。
どちらも給与が上がる仕組みですが、対象範囲と性質が異なります。
個別評価による増額か、企業全体の賃金構造を変える施策かという違いがポイントです。
春闘とは、春季生活闘争の略称であり、労働組合が毎年2〜3月頃に企業へ賃上げ(昇給・ベースアップ)や労働条件の改善を求めて交渉を行う取り組みを指します。企業単体の交渉ではなく、産業別組合や連合会が横断的に動くため、妥結した賃上げ水準はその年の日本全体の賃金改定の方向性を左右する重要な指標となります。
春闘の結果は、民間企業の昇給率・賃上げ率の相場感にも影響するため、昇給制度を運用する担当者にとって、必ず把握しておきたい基礎情報といえるでしょう。
就業規則・給与規程に基づき、制度の仕組み・業績評価基準・昇給タイミングを事実ベースで説明しましょう。制度の背景を過度に語る必要はなく、文書に沿った明確な回答が最も重要です。
昇給額の水準は、企業規模・業界・経済状況・業績などによって大きく異なりますが、最新の調査結果を見ると、全体の傾向をつかむことができます。
なお、厚生労働省「令和6年 賃金引上げ等の実態に関する調査」では、主要企業の平均は以下のとおりです。
中小企業の場合、2%前後が目安となるケースも多く、業績や人件費とのバランスを踏まえて昇給額を設定する必要があります。