IPOと予算会計

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株式会社スリー・シー・コンサルティング 代表取締役/公認会計士 児玉 厚氏
■執筆:株式会社スリー・シー・コンサルティング
代表取締役/公認会計士
児玉 厚氏
昭和57年埼玉大学経済学部卒業。
神鋼商事株式会社の財務部、東陽監査法人を経て、ゼロから起業を決意し、現在は、株式会社スリー・シー・コンサルティング 代表取締役。「決算報告エクスプレス・宝決算Ⅹプレス(開示決算自動化システム)」
<特許取得>
主な著書
・「設例と図表でわかる企業予算編成マニュアル」
・「改訂増補 予算会計」(いずれも清文社)
株式会社スリー・シー・コンサルティング ホームページ

1.経営と予算の関係

会社の財産は「お金」と「人」であり、両者の価値を最大化することが経営の本質である。「お金」は財務諸表に掲載されるが、「人」は掲載されない。「お金」は勝手には増えない。働くという字は「イ(人)」が「動く」と書く。

制度会計は「お金の流れ」がテーマであるが、管理会計は「いかに人を動かすか?」がテーマになり、その中核が「予算制度」である。

予算上の組織は、「売上高―費用=利益」で管理責任を負う「プロフィットセンター(以下「PC」とする)」と「費用」で管理責任を負う「コストセンター(以下「CC」と略す)」に分けられる。

表1-1のとおり、「営業部=PC」「購買部=CC」「管理部=CC」となる場合、営業部は「いかに利益を最大化するか」を考えて行動する。一方、購買部と管理部は「いかに費用を抑えるか」を考えて行動する。購買部と管理部の費用予算は合理的基準に基づいて営業部へ配賦される。

表1-1 ケース1:機能的組織(PCとCCの部署がある)の場合
区分 営業部 購買部 管理部
予算組織 PC(売上・利益) CC(費用) CC(費用)
人の行動 いかに利益をあげるか いかに費用を抑えるか 同左
予算手続 CCの費用をPCへ合理的基準により配賦する。

表1-2のとおり、購買部と管理部をCCからPCに変えると、すべての社員が「いかに利益を最大化するか」を考えて行動する。配賦はなくなり、社内取引が発生する。

表1-2 ケース2:すべての組織がPCである場合
区分 営業部 購買部 管理部
予算組織 PC(売上・利益) CC→PC CC→PC
人の行動 いかに利益をあげるか 同左 同左
予算手続 社内仕入高/購買部 営業部/社内売上高  
社内サービス費/管理部 社内サービス費/管理部 営業部/社内サービス売上高
購買部/社内サービス売上高

表2のように、部門利益に加えて、部門管理可能営業キャッシュ・フローやフリー・キャッシュフロー(以下「FCF」とする)を目標とした場合は、全社員が「いかにお金を増やすか」を考えて行動するようになる。

例えば、営業部の社員は「貸し倒れリスクのある先へは販売しない」ようになり、売買契約を締結する時には「いかに回収サイトを短くするか」を考えて行動するようになる。
このように予算制度は「いかに人を動かすか」という仕組みをつくる、経営マネジメントの中核である。

表2 目標を利益だけでなく、CFも含める場合の部門予実管理報告書
部署:営業部 対象月:5月
区分 予算科目 予算 実績 差異 分析
PL 売上高(社内売上高含む) 100 90 △10
費用(社内仕入高等含む) 60 68 △8
部門利益 40 22 △18
CF 売上債権の増減額 △10 △20 △10
たな卸資産の増減額 △20 △25 △5
減価償却費 8 8 -
仕入債務の増減額 2 3 +1
管理可能営業CF 20 △12 △32
固定資産の取得支出 △15 △14 △1
管理可能FCF 5 △26 △31

2.計画開示時代の要請

過去の延長線上には「成り行きの未来」はあっても「望む新しい未来」はない。投資家の関心の99%は「過去」ではなく、「将来」である。「持続的成長をする会社か否か」という点になる。その情報源が「中期経営計画(以下「中計」と略す)」になる。ポイントは「中期経営計画の合理性」にある。

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例えば、「中計第2期に生産能力を倍増する工場を新設し、中計目標の売上高倍増を実現する」というシナリオがあっても、「工場新設のための資金調達のメドは立っていない」とすれば「絵にかいた餅」になる。損益だけでなく、キャッシュ・フローとの整合性を持った計画を作成することが重要になる。また、「中計の目標に向けてどのように進捗しているか」という「PDCAサイクル」を丁寧に説明してゆく必要がある。計画開示に関する主な事項は表3-1のとおりである。

表3-1 計画開示と予算区分の関係
開示制度 予算作成 予実管理 着地予想
1.中期経営計画の公表    
2.決算短信の業績予想発表    
3.業績予想の修正発表    
4.有報:経営者によるFS分析    
5.有報:業績連動型役員報酬の目標と実績等開示    
6.監査報告書:検討事項の開示(減損等)2021.3~

特に注意すべきは下記の点である。

世界的に役員報酬は業績連動型にシフトしてきている。有価証券報告書(以下「有報」と略す)で「役員賞与等の経営指標の目標と実績」の開示が求められている。2021年3月決算より、監査報告書の中に「監査上の主要な検討事項(以下「検討事項」と略す)」が開示されるが、これは主に将来予測に関連する減損などになる。「いかに予算精度を向上させてゆくか」が最重要の経営課題となる。

また、業績予想の修正発表をタイムリーに出来ない会社は投資対象から外されるリスクがある。従って、着地予想の正確性・迅速性の確保が急務となる。加えて言うと、着地予想は決算予想なので、着地予想管理出来ていない会社は決算発表の早期化も出来ない。上記より、IPO審査の最大のハードルも「予算管理体制」となる。
具体的な審査項目は表3-2のとおりである。
予算管理体制構築には定着化まで時間がかかるので、できるだけ早く着手することが肝要である。

表3-2 IPO審査で求められる予算業務体制の範囲
FS等 月次予算作成 月次予実管理 月次着地予想
PL
KPI
BS
CF
資金

3.予算会計の必要性

ところが実際の予算管理業務を見ると、表4のとおり、「内部管理体制 0点」の状況にある。改善のポイントは予算業務を実績会計と同じ「会計の仕組み」すなわち「予算会計」にすることである。

表4 現状の予算業務と実績会計の比較
項目 Plan:計画=予算業務 Do:実績会計
学問:作成理論 ×:作成理論がない ○:会計学
標準システム ×:EXCEL業務 ○:会計システム
計算構造 ×:単式簿記
PL科目別集計
○:複式簿記
仕訳→元帳→財務諸表
財務諸表の範囲 ×:PLのみ ○:PL・BS・CF等
予実差異の分析 ×:予算原因:分析できない
→改善できない
○:実績原因
実績元帳で分析
正確性 ×
迅速性 ×
改善策 予算の会計システム化
予算仕訳→予算元帳→予算FS
 

4.予算システムの選定のポイント

IPO準備会社でも、経営企画や経理のキーマンが突然退職するケースが増えている。
また、予算業務をEXCELで行っている場合は完全に属人化し、作業が集中するので、残業規制に抵触するリスクもある。内部統制は「人が異動しても管理水準が維持される仕組み」である。従って、予算業務を「可視化して分担できる」様に予算を「標準システム化」することが必須となる。

予算システムを選定する場合のポイントは下記の点になる。

  1. 1.予算会計(予算仕訳→予算元帳→予算FS)の構造を持っていること
  2. 2.KPI科目の予算管理が柔軟に出来ること
  3. 3.PLだけでなく、BS・CF及び資金の月次予算作成・月次予実管理・月次着地予想管理ができること
  4. 4.組織変更や科目変更等に柔軟に対応出来ること
  5. 5.ベンダーは予算業務に精通し、定期的なバージョンアップをしていること
  6. 6.予算業務への問い合わせ等を含むサポート体制が確立していること
  7. 7.単体予算だけでなく、連結予算への対応が可能であること

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