適正な労働時間管理とは?
上場審査で求められる「客観性」と「適正性」

POINT
・未払い残業代の有無と発生原因の確認は早急に。
・適法な労働時間管理の運用、そして実態に即した就業規則の整備を実現。
適正な労働時間管理とは?厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」ではどのような管理が求められているのか?上場準備段階で実施する労務監査で解消しておきたい重要事項を弁護士法人ALG&Associates家永氏が解説。
2020年3月3日
更新:2021年10月21日

1.上場審査と労働関連法の遵守

上場審査においては、審査対象企業の事業活動に則して、遵守すべき法令の把握と当該法令を遵守するための体制づくりが求められます。一言でいえば、「内部統制」であり、コンプライアンス遵守のための体制整備が必要です。

どのような企業でも関連してくるのが、労働関連法令の遵守です。
労働関連法については、賃金の支払方法や休憩、休日の付与などについて罰則も定められています。また、未払い残業代が発生している場合には簿外債務が存在していることにもつながり、計算書類への影響もあります。労働関連法令を遵守すべく内部統制を整える必要性は高いといえるのです。

労働関連法令の遵守体制を整えることは、社内の就業規則や規程類といった書面の作成をもって完了するものではなく、日々の業務が就業規則などに適合する状態にしなければならないことから、一朝一夕では成し遂げられません。
したがって、上場準備段階において、労働関連法令に着目した労務監査を実施し、実体の伴う内部統制を整備しておくことは非常に重要でしょう。

2.未払い残業問題の有無を確認、主な原因は5つ

労働関連法令が定める内容は多岐にわたりますが、一つの労務監査の切り口として、未払い残業代が生じていないことを確認することが挙げられます。

一口に未払い残業問題といえども、その原因は様々です。
未払い残業代の発生原因を整理することで、労働関連法令の遵守体制が広く把握できるほか、実態を伴うものにすることに時間も労力も費用も必要になるため、早期に対処しておくべきです。

未払い残業代が発生する主な原因として、以下の5つのケースがあります。

  1. ①未払い賃金の計算となる基礎賃金の計算に誤りがある。
  2. ②労働時間管理の方法に誤りがある。
  3. ③事業場外労働の適用条件を充足していない。
  4. ④フレックスタイム、変形労働時間制の適用条件を充足していない。
  5. ⑤管理監督者の要件を充足していない管理職が存在している。

まず、①についてよくあるのは、各種手当などを割増賃金の計算基礎から除外しているケースです。
除外できる手当は法令等で列挙されているため、就業規則に定めたとしても、計算基礎から除外することがかなわないことが多くあります。また、固定時間外手当(みなし残業手当)を支給している場合に、判例が定めるような明確区分性を確保できているのか、超過部分の支払いが実施されているのかなどの運用が伴っていなければ、計算基礎に加えなければならなくなる点にも注意が必要です。

③及び④に関して、事業場外労働やフレックスタイム制、変形労働時間制を採用している場合において、就業規則の定めや必要な労使協定の締結及び届出などの形式的な要件に欠けるケースがあります。要件に欠けると各制度が適用されず、その結果未払い残業代が発生してしまうこともあります。

⑤に関しては、「名ばかり管理職」などとも呼ばれる問題があります。
時間外労働や休日労働の割増賃金の対象外となる管理監督者は、「経営者との一体性」が必要といった要件があります。経営者との一体性とは、重要な会議への出席、労働時間に対する裁量の有無、ふさわしい賃金の支給、採用などの人事権が与えられていることなど、裁判例では様々な判断要素が挙げられています。
これらの判断要素を検討することなく、「一定以上の役職者=管理監督者」と定め管理監督者に対する残業代の支払いが全くなされていない場合には、未払い残業代が発生してしまっていることに繋がります。


3.適正な労働時間管理とは?

未払い残業代が発生する主な原因の中で最も解決が困難になるのは、②の労働時間管理方法に誤りがあることです。

では、適正な労働時間管理とは何でしょうか?
「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(厚生労働省)を確認してみましょう。

まず、労働時間とは以下のように定義されています。

労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たること

そして、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」として以下が定められています。

  • ①始業・終業時刻の確認・記録
  • ②始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
  • ③自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置

使用者である会社は、原則的には始業・終業時間を現認かタイムカード等で確認・記録します。例外的に自己申告で確認・記録する場合は、適正に自己申告を行うよう労働者に対する説明や実態調査を実施する等の措置が求められます。

その他以下の措置も必要です。

  • ④賃金台帳の適正な調製
  • ⑤労働時間の記録に関する書類の保存
  • ⑥労働時間を管理する者の職務
  • ⑦労働時間等設定改善委員会等の活用

賃金台帳には、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入すること、労働時間管理が適正になされるよう、時には労働時間等設定改善委員会等を活用して、労働時間管理上の問題点の把握・解消を図ることが求められています。

また、労働者名簿・賃金台帳・出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存しなければならないと定められている点にも注意が必要です。

参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)

4.労働時間管理は「客観性」かつ「適正な記録」が求められる

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置の①②をさらに深堀し、客観性と適切な記録と把握について考えてみましょう。

始業時刻と終業時刻の確認及び記録が重要ですが、原則的な記録方法としては、以下のいずれかを採用すべきとされています。

(1)使用者による現認(指差し点呼のようなイメージです。)
(2)タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

労働時間の把握方法のうち、(1)使用者による現認を採用する企業はほとんどなくなっており、現実的に機能しているのは(2)の客観的かつ適正な記録です。

タイムカードを設置すれば足りるのであれば準備は容易なのですが、多くの企業で問題になるのは、「適正な記録」となっているか否かです。
タイムカードは、事後的な変更が行いにくい又は変更記録が残るといった意味では、「客観的」ではありますが(なお、労働者自身が記録を変更できるうえ、変更の記録も残らないものは客観的とはいいがたいと考えられます。)、労働者が打刻自体を控えたり、時間をずらしたりすることは可能であるため、「適正な記録」にならない場合もあります。

例えば、「適正な記録」とならないケースは以下のような場合が考えられます。

  • ・始業の打刻前又は終業の打刻後に残業を継続している
  • ・所定労働時間前の出社を義務付けている朝礼や清掃などがあるにもかかわらず所定労働時間後にならないと打刻を認めない
  • ・時間外労働に上限を設定して上限以上の残業に対しては残業代を支払わない
  • ・自宅への業務の持ち帰りを認めて自宅での執務について残業と認めない

たとえ、タイムカードにより時間管理を実施していたとしても、それだけでは補足できない労働時間は多くあります。

したがって、労務監査などでも重視するのは、労働時間の把握方法が客観的であるか否かではなく、むしろ、適正な記録となっているかに主眼をおいて、タイムカードの記録が実態と合致しているのかという点が重要な監査対象となります。
過去の労働時間を具体的かつ正確に把握することは困難ですが、運用自体に誤りがあればそれを正しておき、当該運用の徹底を図ることが上場準備段階で整えておくべき労働時間管理でしょう。

未払い残業代はないという判断のもと、上場審査に向けて準備を進めていたところ、退職した労働者などから未払い残業代を請求された場合、事件対応のために実態把握が必要となるだけでなく、同じ業務に従事していた労働者に対しても未払い残業代が発生していないか検証する必要がでてきます。
そのような事態にならないためにも、上場準備の早期の段階で労務監査を実施し未払い残業問題に対処しておくことが望ましいでしょう。

5.上場実現に向けて、運用の見直しか、就業規則の修正か

労働時間管理に関する運用を把握した後には、運用自体を見直すのか、現状の運用を維持することができるように就業規則を修正するのかという判断が必要となります。

人事労務管理においては、労働者が働きやすいように変質していく現象が生じやすく、それに伴った就業規則の改定作業が行われていない場合もあります。

とはいえ、運用自体が適法に実施できない内容であれば、いかに就業規則を修正したとしても運用を維持することはできませんし、不適法な運用を就業規則で追認することもできません。
就業規則を修正するのは、運用と就業規則に齟齬があり、かつ、運用自体は適法に実施できるようなケースです。

多くの場合では、適法に運用できない実態を修正する一方で、適法に運用できる実態部分を就業規則に反映させておくという、両面の対応が求められることになります。従業員に混乱が生じないように配慮しながら、伝え方や変更の時期などにも注意しつつ対応していくことが望ましいでしょう。
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執筆
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 企業法務事業部長/弁護士 家永 勲氏
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 企業法務事業部長/弁護士 家永 勲氏
企業法務全般の法律業務を得意とし、使用者側の労働審判、労働関係訴訟の代理人を務める等、企業側の紛争及び予防法務に主として従事。企業法務におけるトラブルへの対応とその予防策についてセミナーや執筆も多数行っている。近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」や「中小企業の防災マニュアル」(労働調査会)など。
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