IPO準備企業における労働時間管理~タイムカードの記録だけでは足りない?「客観性」かつ「適正な記録」とは~

POINT
・未払い残業代の有無と発生原因の確認は早急に。
・適法な労働時間管理の運用、そして実態に即した就業規則の整備を実現。
年々厳しくなるIPO審査における労務管理。タイムカードだけでは「適正な記録」とは言えないのか。未払い残業代への対応、IPO審査を乗り切るための労務監査とは?弁護士法人ALG & Associates家永氏が解説。
2020年3月3日
1.上場審査と労働関連法の遵守
 上場審査においては、審査対象企業の事業活動に則して、遵守すべき法令の把握と当該法令を遵守するための体制づくりが求められます。一言でいえば、「内部統制」であり、コンプライアンス遵守のための体制整備が必要です。
 どのような企業でも関連してくるのが、労働関連法令を遵守することです。ほとんどの企業では、従業員を抱えることなく上場に臨むことはありえません。また、労働関連法については、賃金の支払方法や休憩、休日の付与などについては罰則も定められており、未払い残業代が発生している場合には簿外債務が存在していることにもつながり、計算書類への影響もあるため、労働関連法令を遵守すべく内部統制を整える必要性は高いといえます。
 一方、労働関連法令の遵守体制を整えることは、社内の就業規則や規程類といった書面の作成をもって完了するものではなく、日々の業務が就業規則などに適合する状態にしなければならないことから、一朝一夕では成し遂げられません。したがって、上場準備段階において、労働関連法令に着目して、労務監査を実施することで、実体の伴う内部統制整備を実施しておくことは、非常に重要でしょう。
2.上場審査時のチェックポイント
 労働関連法令が定める内容は多岐にわたり全てを挙げることはできませんが、一つの労務監査の切り口として、未払い残業代が生じていないことを確認することが挙げられます。
 一口に未払い残業問題といえども、その原因は様々であり、未払い残業代の発生原因を整理することで、労働関連法令の遵守体制が広く把握できるほか、実態を伴うものにすることに最も時間も労力も費用も必要となるところであるため、早期に対処しておくべきです。
 未払い残業代が発生する主な原因を上げると以下のようなケースがあります。

  1. ①未払い賃金の計算となる基礎賃金の計算に誤りがある
  2. ②労働時間管理の方法に誤りがある。
  3. ③事業場外労働の適用条件を充足していない。
  4. ④フレックスタイム、変形労働時間制の適用条件を充足していない。
  5. ⑤管理監督者の要件を充足していない管理職が存在している。

 まず、①についてよくあるのは、各種手当などを割増賃金の計算基礎から除外しているケースです。除外できる手当は法令等で列挙されているため、就業規則に定めたとしても、計算基礎から除外することがかなわないことが多くあります。また、固定時間外手当(みなし残業手当)を支給している場合に、判例が定めるような明確区分性を確保できているのか、超過部分の支払いが実施されているのかなどの運用が伴っていなければ、計算基礎に加えなければならなくなる点にも注意が必要です。
 そのほか、③及び④に関して、事業場外労働やフレックスタイム制、変形労働時間制を採用している場合において、就業規則の定めや必要な労使協定の締結及び届出などの形式的な要件に欠ける場合には、各制度が適用されず、その結果未払い残業代が発生してしまうこともあります。また、これらの制度における残業時間の計算方法は、通常とは異なるため、計算方法自体に誤りが入り込んでいるケースも見受けられます。
 また、⑤に関しては、「名ばかり管理職」などとも呼ばれる問題があります。時間外労働や休日労働の割増賃金の対象外となる管理監督者は、「経営者との一体性」が必要といった要件があり、重要な会議への出席、労働時間に対する裁量の有無、ふさわしい賃金の支給、採用などの人事権が与えられていることなど、裁判例では様々な判断要素が挙げられているところ、これらの判断要素を検討することなく、「一定以上の役職者=管理監督者」としているケースがあります。このような場合で、管理監督者に対する残業代の支払いが全くなされていない場合には、未払い残業代が発生してしまっていることにつながります。
3.労働時間管理は「客観性」かつ「適正な記録」が求められる
 最も難題となるのは、②の労働時間管理方法に誤りがあることです。
 厚生労働省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を用意しており、基本的にはこれにしたがって労働時間管理を実施すべきです。
 まずは、始業時刻と終業時刻の確認及び記録が重要ですが、原則的な記録方法としては以下のいずれかを採用すべきとされています。

(1)使用者による現認(指差し点呼のようなイメージです。)
(2)タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

また、労働安全衛生法及び同法施行規則52条の7の3第2項では、労働時間の状況の記録について3年間保存するために必要な措置を講じなければならないともされているため、事業者は、当該保存義務の存続する期間の記録を把握しておかなければなりません。
 労働時間の把握方法のうち、(1)使用者による現認を採用する企業はほとんどなくなっており、現実的に機能しているのは(2)の客観的かつ適正な記録です。
 タイムカードを設置すれば足りるのであれば準備は容易なのですが、多くの企業で問題になるのは、「適正な記録」となっているか否かです。タイムカードは、事後的な変更が行いにくい又は変更記録が残るといった意味では、「客観的」ではありますが(なお、労働者自身が記録を変更できるうえ、変更の記録も残らないものは客観的とはいいがたいと考えられます。)、労働者が打刻自体を控えたり、時間をずらしたりすることは可能であるため、「適正な記録」にならない場合もあります。
 例えば、「適正な記録」とならないケースは以下のような場合が考えられます 。

  • ・始業の打刻前又は終業の打刻後に残業を継続している
  • ・所定労働時間前の出社を義務付けている朝礼や清掃などがあるにもかかわらず所定労働時間後にならないと打刻を認めない
  • ・時間外労働に上限を設定して上限以上の残業に対しては残業代を支払わない
  • ・自宅への業務の持ち帰りを認めて自宅での執務について残業と認めない

 たとえ、タイムカードにより時間管理を実施していたとしても、それだけでは補足できない労働時間は多くあります。
 したがって、労務監査などでも重視するのは、労働時間の把握方法が客観的であるか否かではなく、むしろ、適正な記録となっているかに主眼をおいて、タイムカードの記録が実態と合致しているのかという点が重要な監査対象となります。過去の労働時間を具体的かつ正確に把握することは困難ですが、運用自体に誤りがあればそれを正しておき、当該運用の徹底を図ることが上場準備段階で整えておくべき労働時間管理でしょう。
 未払い残業代はないという判断のもと、上場審査に向けて準備を進めていたところ、退職した労働者などから未払い残業代の請求が行われたりすると、事件対応のために実態把握は必要となりますが、同じ業務に従事していた労働者に対しても未払い残業代が発生していないのか検証しなければ、上場審査には耐えられません。そのような事態にならないためにも、労務監査は上場準備の早期の段階で対処しておくことが望ましいでしょう。
4.上場実現に向けて、運用の見直しか、就業規則の修正か
 労働時間管理に関する運用を把握した後には、運用自体を見直すのか、現状の運用を維持することができるように就業規則を修正するのかという判断が必要となります。
 人事労務管理においては、労働者が働きやすいように変質していく現象が生じやすく、それに伴った就業規則の改定作業が行われていない場合もあります。
 とはいえ、運用自体が適法に実施できない内容であれば、いかに就業規則を修正したとしても運用を維持することはできませんので、不適法な運用を就業規則で追認することはできません。就業規則を修正するのは、運用と就業規則に齟齬があり、かつ、運用自体は適法に実施できるようなケースです。
 多くの場合では、適法に運用できない実態を修正する一方で、適法に運用できる実態部分を就業規則に反映させておくという、両面の対応が求められることになりますが、従業員に混乱が生じないように配慮しながら、伝え方や変更の時期などにも注意しつつ対応していくことが望ましいでしょう。
■ 顧客満足のみならず、「顧客感動」を実現する弁護士法人ALG&Associates
弁護士法人ALG&Associatesホームページ

■ ハラスメント、時間外労働、未払い残業問題など、現代型労務問題に関するニューズレターをお届け
弁護士法人ALG&Associatesニューズレター
関連コラム
昨今のIPO審査で注目される労務管理。特に労働時間と賃金に関する問題は、会社の業績にも影響が出かねません。その中でも未払い残業代の指摘を受けやすい「名ばかり管理職」と「固定残業代」に関する問題について解説いたします。
IPO準備企業における労務管理
2019年5月9日
資料ダウンロード
執筆
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 企業法務事業部長/弁護士 家永 勲氏
弁護士法人ALG&Associates 執行役員 企業法務事業部長/弁護士 家永 勲氏
企業法務全般の法律業務を得意とし、使用者側の労働審判、労働関係訴訟の代理人を務める等、企業側の紛争及び予防法務に主として従事。企業法務におけるトラブルへの対応とその予防策についてセミナーや執筆も多数行っている。近著に「中小企業のためのトラブルリスクと対応策Q&A」や「中小企業の防災マニュアル」(労働調査会)など。
高品質なリーガルサービス、弁護士法人ALG&Associates
コラム一覧に戻る
IPOコラムランキング
IPO実現までのスケジュール
IPOに必要な業績とは!市場別にみる売上高・営業利益
IPOとは何か
資本政策①「基礎知識編」
IPOを基礎から学ぼう! 上場審査基準とはどのようなものか?
開催中の無料セミナー
Web
Web
現代型労務問題Q&Aセミナー

2020年9月25日、10月1日 14:00~16:00または14:00~15:00
Web
Web
【経営者TalkSession】withコロナ時代における バックオフィス業務のあり方

2020年9月25日 10:30~11:45
Web
Web
withコロナ時代の海外子会社管理とは -“人の移動を前提としない”管理体制を構築する2つの手法-

2020年9月29日 13:30~14:30
Web
Web
IPOに向けての法務戦略

2020年10月7日 13:30~14:30
Web
Web
コロナ禍におけるフィリピン、現状と今後~グローバルガバナンスと連結決算体制の実現~

2020年10月14日 14:00~15:00
Web
Web
ケーススタディで押さえる内部統制報告制度(全2回)

2020年10月21日・28日 各回13:30~15:00
イベントレポートを見る
お気軽にご相談ください

自社に合う製品が分からない、導入についての詳細が知りたい… OBCでは専任のスタッフがあなたの疑問にお応えいたします。

ご検討のお客様専用ダイヤル

0120-121-250

10:00〜12:00/13:00〜17:00
(土・日・祝日を除く)