IPO×知財戦略~コーポレートガバナンス・コード対応を踏まえて~

上場準備段階での知財戦略の重要性が増している。自社の権利を守るだけでなく投資判断の材料にもなる。また係争に巻き込まれないためにも必要だ。準備段階で考えるべき知財戦略とは?事例をもとに解説。
2021年11月2日

1.知的財産とは?

知的財産制度は、アイデアのような無形資産を権利として保護する制度であり、上場準備企業のように新たに事業を構築すべき者が把握すべき大変重要なルールである。知的財産基本法において、「知的財産」及び「知的財産権」は、以下のとおり定義されている。  
 
知的財産基本法
第2条 この法律で「知的財産」とは、発明考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。

2 この法律で「知的財産権」とは、特許権実用新案権、育成者権、意匠権著作権商標権その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利をいう

2.上場準備企業における知財の重要性

知的財産権は、事業を独占できる盾(タテ)として、競合他社に対する参入障壁となる。また、知的財産権を取得すると一般に公開されることから、他社権利の取得防止や、結果的に他社特許の権利侵害を回避することができる。
また、知的財産権は、他社を攻撃できる排他性を備え、他社の実施を止める差止請求権や、過去の損害に対して損害賠償請求権を行使でき、まさに矛(ホコ)としての機能を備える。

最近ではベンチャーキャピタルの投資判断事項としても重要視されることが多いことから、上場準備企業にとって、資金確保のアピール材料としても、知的財産権は重要な役割となっている。特許庁では、上場準備企業を後押しすべく、「スタートアップ支援の強化に舵を切り、各種施策を打ち出してきた」(経済産業省特許庁 2019a:97)。

例えば、特許庁では、上場準備企業に対して、PCT国際出願の手数料をはじめとする費用の軽減等サポートを行っていたり、「ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き」(経済産業省特許庁 2019b)書も提供されている。

3.上場準備段階で見られるポイントは“係争リスク”

上場前に最も注意を要するのは、係争リスクがあるかないかということである。
特に、知的財産の侵害が発見された場合、上場審査の結果・タイミングや株価に大きな影響を与える。そのため、定期的に知的財産調査を行い、自社が侵害している他社の知的財産権がないかを確認し、侵害リスクを減らすことが重要である。
仮に、侵害警告や訴訟を受けたとしても、相手の知的財産権が有効ではないことを示す無効調査を行い、その権利を無効化させる無効審判に成功したり、ライセンス料を支払う、さらにはカウンターとなる特許を保有していれば、クロスライセンス契約を結ぶことで侵害リスクを解決することもできる。

ともあれ、侵害リスクが無い方がよいにこしたことはないため、競合他社の知的財産権状況を把握するための調査が大事である。昨今では「IPランドスケープ」という知的財産権を俯瞰的に確認することを可能とし、競合他社調査を行うことで将来の研究・事業推進を図る手法が確立されている。株式会社AI Samurai社のIPランドスケープ特許検索では、このIPランドスケープを容易かつ簡単に出力する機能があり、参考に掲載する。

IPランドスケープ特許検索(AI Samurai 2021)
▲IPランドスケープ特許検索(AI Samurai 2021)

4.上場準備段階での係争リスク事例~アスタリスクによるファーストリテイリングへの侵害訴訟~

また、2021年9月30日にマザーズに上場をした株式会社アスタリスクは、株式会社ユニクロや株式会社ジーユーなど傘下に有する株式会社ファーストリテイリングに対して2019年9月24日に侵害訴訟をおこしている。それに対して、株式会社ファーストリテイリングが特許権に対して無効審判をおこし、現在も訴訟は継続している。

この件で、株式会社アスタリスクは株式会社NIPに権利を譲渡し、株式会社NIPが訴訟を継続している。これは、上場前に株式会社アスタリスクが株式会社ファーストリテイリングから、度重なる無効審判などをされて係争期間を引き延ばされるリスクを回避するために譲渡したといわれていて、「自ら発明した特許を手放さなければ、上場ができない。長期戦に持ち込むことが可能な特許訴訟は大企業有利で、中小企業が特許を維持することは難しい。アスタリスクの新規上場は日本の特許制度の課題を浮き彫りにしている」(相馬 2021)。と、上場時の攻めの知的活用での課題も話題となっている。

アスタリスク知財訴訟、関係企業と訴訟状況
▲アスタリスク知財訴訟、関係企業と訴訟状況


5.昨今のトレンド、CGコード×知的財産情報開示

2022年4月に東京証券取引所は、現在の「東証一部」「東証二部」「東証マザーズ」「東証ジャスダック」の4市場を、新しい3市場「プライム」「スタンダード」「グロース」に市場再編する予定となっている。

また、中長期的な企業価値増大に向けた経営者による的確な意思決定を支える実務的な枠組みを示したとされるコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」)には基本原則と補充原則があり、2021年6月に、補充原則に対して「知的財産への投資」に関する改訂が行われた。CGコードでは、「プリンシプルベース・アプローチ」(原則主義)を採用しており、それぞれの会社が、株主に対する説明責任等を負うものである(東京証券取引所 2021a),(東京証券取引所 2021b)。

しかしながら、グロース市場に上場する会社は基本原則のみが対象であることから、グロース市場を目指す、所謂スタートアップ企業においてはこのCGコードの影響はさほどない。

6.CGコードへの具体的対応方法~“いい生活”の取り組み事例~

とはいえ、上場準備企業が、スタンダード市場又はプライム市場を選択する場合においては、知的財産が開示対象として範囲が拡がる、また、グロース市場を目指す上場準備企業もこれを参考にして、どのような取り組みをすべきか、また開示すべきかを把握しておくことは重要である。鮫島・阿久津(2021)は、「CGコードに基づく知財戦略開示の在り方」について、紹介している。では、実際にどのような開示の実績があるのだろうか、すでに開示対応を行っている東証二部に上場している株式会社いい生活の例を挙げる。

【補充原則3-1③】Comply
 上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
 特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の開示の枠組みに基づく質と量の充実を進めるべきである。

 当社グループは事業そのもので社会的課題の解決を目指しており、そのベクトルを当社の存立の拠り所としております。サステナビリティに関する取組み内容につきましては、自社のウェブサイト上に「ESG」として開示を行っております。
 また、人的資本への投資については、所属部門単位の人員数を、その増減も含め決算説明会資料等で開示を行っております。知的財産への投資については、当社のクラウド・SaaS 開発は主としてソフトウェア資産(無形固定資産)への投資であり、毎年一定水準額の投資を行い中長期的な競争力及び付加価値の向上を図っております。

 (ESG:https://www.e-seikatsu.info/aboutUs/csr.html
(株式会社いい生活:20)

【補充原則4-2②】Comply
 取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
 また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

 当社は、2020 年 11 月 5 日開催の取締役会において、サステナビリティを巡る当社の取組みに係る基本方針「いい生活における SDGs への取り組み」を策定、公開いたしました。当該基本方針において当社にとってのマテリアリティ(重要課題)を明示し、重要な経営課題と捉えて継続的に取り組んでおります。上記の基本方針に基づき、統合報告書において株主への定期的な活動実績の報告を行うとともに、全社の事業活動について取締役会が実効的な監督を行っております。
 人的資本については、毎月の部門別の人員変動・採用進捗状況を取締役会への定例報告事項としており、取締役会の実行性のある監督が機能するよう努めております。また知的財産への投資についても、クラウド・SaaS 開発に係るソフトウェア資産(無形固定資産)への投資の進捗状況を、月次決算に係る定例の取締役会報告における重点項目として報告を行っており、こちらも実効性のある監督が機能するよう努めております。
(株式会社いい生活:25)

7.上場準備企業における知財戦略のこれから

CGコードの対応のために、知的財産の量や質および知的財産戦略まで開示している企業は、現時点では少ない。
但し、従前よりエクセレントカンパニーといわれている大企業は、知的財産報告書という形式で、高収益事業構造の事業計画を示す上で、知的財産権がどのように事業に関係するかを報告しているケースが多い。CGコードの改訂に伴い、今後、上場準備企業においても、コンピュータ分析によるIPランドスケープなどを用いて、企業側の負担を軽減しつつも、CGコードに対する開示機会が増えていくことが予想される。

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■ 参考文献
・相馬留美,2021,「ユニクロ・GU特許訴訟に勝ったアスタリスクが、虎の子の特許を手放した理由」,(2021年10月18日取得).
・株式会社いい生活,2021,「コーポレートガバナンス・コードに関する当社の取り組み」,(2021年10月18日取得).
・株式会社AI Samurai,2021,「IP Landscape 特許検索」,THE INDEPENDENTS 2021年10月号,株式会社Kips.
・経済産業省特許庁,2019a,「特許行政年次報告書 2019 年版 知財の視点から振り返る平成という時代」,特許庁ホームページ,(2020年8月1日取得).
・経済産業省特許庁,2019b,「ベンチャー投資家のための知的財産に対する評価・支援の手引き~よくある知財の落とし穴とその対策~」,特許庁ホームページ,(2020年10月27日取得).
・國光健一・山内達夫,2021,「コーポレートガバナンス・コード改訂により追加された知財規定への対応方針企業価値を向上させる知財情報とは何か?」,デロイトトーマツ,(2021年10月18日取得).
・鮫島正洋・阿久津匡美,2021「コーポレートガバナンス・コードに基づく知財戦略の戦略的開示」商事法務 No.499:17-32.
・株式会社東京証券取引所,2021a,「コーポレートガバナンス・コードの全原則適用に係る対応について」,(2021年8月18日取得).
・株式会社東京証券取引所,2021b,「コーポレートガバナンス・コードの改訂に伴う実務対応」,(2021年8月18日取得).
・内閣府 知的財産戦略推進事務局,2021,「知的財産の投資・活用促進」,首相官邸ホームページ,(2020年10月27日取得).
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更新:2020年11月6日
執筆者
株式会社AI Samurai<br>代表取締役 兼<br>特許業務法人白坂 創業弁理士<br>白坂 一氏
株式会社AI Samurai
代表取締役 兼
特許業務法人白坂 創業弁理士
白坂 一氏
博士(知識科学)、弁理士、国家試験知的財産管理技能検定委員、
特許業務法人白坂 創業者、経済産業省Healthcare Innovation Hubアドバイザー
防衛大学校 理工学部 卒業。機械学習による画像処理の研究で横浜国立大学院 環境情報学府 博士前期課程修了。
AIと人間の進歩性に関する協働に関する研究で、北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 博士後期課程修了。
富士フイルム知的財産本部に8年間在籍。
その後、特許業務法人白坂を設立、米ナスダック上場のビッグデータ解析企業の関連会社の社長を兼任。
2015年に株式会社AI Samurai(旧ゴールドアイピー)を創業。
株式会社AI Samuraiホームページ
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