第3回 資本政策①「基礎知識編」
- あいわ税理士法人 代表社員 杉山 康弘氏
1995年大手会計事務所入社。2000年税理士登録。2005年あいわ税理士法人入社。
現在、上場準備企業への資本政策立案コンサルティングや各種上場準備支援業務に多数従事するほか、M&A関連業務や海外進出企業への税務コンサルティング業務にも精通。
2015年約100社の資本政策立案に関与。
① 資本政策とは?
資本政策とは事業計画を達成するための資金調達及び株主構成計画をいいます。具体的には「誰から、どれ位の金額を、いくらの株価で資金調達するのか?」「オーナー(もしくは経営陣)の持株比率をどの程度確保しておくのか?」「オーナー個人の株式売却による利益(これを「キャピタルゲイン」と言います)をどの程度見込むのか?」が資本政策の重要な3要素になります。
この3つの要素を将来にわたってどのようにバランスさせるのかが資本政策のキモになります。資金調達を重視するのであれば持株比率・キャピタルゲインをある程度抑える必要がありますし、オーナーが過半数の持株比率を確保したいのであれば、資金調達やキャピタルゲインを抑える必要があるわけです。
【図表1】資本政策3つの要素
IPO準備企業では、上記3つの要素に加えて「役員・社員へストックオプション(以下「SO」と言います)をどの程度与えるか?」という点も考慮に入れる必要がありますので、より複雑になってきます。
② 資本政策は「逆算型」で!
「今月中に資金調達が必要なのでとりあえず時価総額1億円の20%で2,000万円調達します!」とか「優秀な人材を採用するためにとりあえずSOを5%発行します!」など、「とりあえず」で実行するとかなりの確率でその資本政策は失敗します。IPO準備企業では、まずIPO時の資金調達額やキャピタルゲイン、株主構成のイメージを持ったうえで、そのイメージに向かって「逆算型」で資本政策を立案することが重要です。「今の20%がIPOでいくらになるのか?」「今5%SOを発行するとIPOまでに他の社員には何%のSOを発行できるのか?」など、IPO時の株主構成や時価総額をイメージしながら事前に検討すべきことはたくさんあります。資本政策の立案はこのIPOイメージを持つことからはじまります。
③ IPOイメージの作り方
それでは、IPOイメージの作り方を見ていきましょう。
IPO時の時価総額はざっくりと下記の算式で計算されます(前回のコラムでも解説していますので、ご参照ください)。
IPO時の時価総額=上場申請事業年度の純利益×PER(株価収益率)
PERはその企業の成長期待度を表すもので、将来に向けてより成長可能性が高いと考えられる企業のPERは高くなります。IPOイメージの段階ではザックリとで構いませんので上場している同業種類似企業のPERを参考にするなどして決めましょう。
仮にある企業の上場申請年度・の純利益(経常利益ではなく税金支払い後の利益です!)が3億円、PERが20倍だとすると、その企業の時価総額は3億円×20倍=60億円となり、この時価総額60億円を発行済株式数で割った金額がIPO時の一株当たりの株価(これを「公開価格」と言います)となるわけです。
この公開価格に上場時に新たに発行する株式数(これを「公募株数」と言います)を掛ければ「資金調達額」が、上場時にオーナーなどの株主が売却する株式数(これを「売出株数」と言います)を掛ければ「キャピタルゲイン」の想定金額が計算されます(実際には、別途、手数料や税金が控除されます)。またこれらを実行した後の株主構成からオーナー(経営陣)の持株比率のイメージも浮かび上がってきます。より多く資金調達をするために公募株数を増やしたり、オーナーの持株比率を維持するために売出株数を抑えたり、先ほどの天秤の図にある3つの要素の何を重視するかによって、IPOイメージは大きく変わってきます。
④ 押さえておきたいルールとは?
IPOイメージを作るにあたっては、最低限いくつかの基本的なルールを理解しておく必要があります。ここでは経営者が最低限押さえておきたい資本政策のルールをご紹介します。
・会社の経営権
会社法上、持株比率(これを会社法では「議決権割合」と言います)によって、株主総会で決定権を持てる議案の範囲が決まります。下記の表を参考にどの程度の持株比率を確保するのかをイメージしましょう。現時点でオーナーの持株比率がある程度高い場合には、IPO時にオーナーが過半数の持株比率を確保するような資本政策を組むケースが多くなるでしょう。
【図表2】株主総会の決議の種類
決議の種類 | 決議に必要な議決権割合 | 対象となる議案 |
---|---|---|
普通決議 | 層議決件の過半数を定足数とし、出席株主の議決権の過半数により決議(定足数の緩和・排除可) | ・役員の選任・解任
・決算承認 ・配当決議 など |
特別決議 | 総議決権の過半数を定足数とし、出席株主の議決権の3分の2以上により決議(3分の1まで定足数の緩和可) | ・定款変更
・重要事業の譲渡、事業の全部の譲受け、賃貸 ・減資 ・会社解散 など |
・上場審査基準
上場するにあたっては資本政策に関して下記に掲げる上場審査基準をすべて満たす必要があります。ただし、IPOイメージの段階では「流通株式比率25%以上」だけ意識していれば十分です。この基準は、簡単に言うと、役員(家族や役員の個人会社を含みます)と10%以上の大株主以外の株主が保有する株式数が発行済株式総数の25%以上となるように公募・売出株数を決める必要があるということです。
【図表3】上場審査基準
項目 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
株主数 | 上場の時までに、200人以上となる見込みのあること | |
流通株式 | 次の①~③を満たすこと
①流通株式の数が、上場の時までに、2,000単位以上となる見込みのあること ②上場日における流通株式の時価総額が5億円以上となる見込みのあること。 ③流通株式の数が、上場の時までに、上場株券などの25%以上となる見込みのあること。 (上場に係る公募・売出しによる増加株数を含む) |
流通株式とは、大株主及び役員等の所有する株式など、その所有が固定的でほとんど流通可能性が認められない株式を除いた株式をいいます。
<流通性の乏しい株券等の数> ・具体的には、以下の者が所有する株式を合算します。 ・自己株式 ・申請会社の役員(役員持株会を含み、取締役、会計参与、監査役、執行役をいいます。) ・申請会社の役員の配偶者及び二親等内の血族 ・申請会社の役員、役員の配偶者及び二親等内の血族により総株主の議決権の過半数が保有されている会社 ・申請会社の関係会社及びその役員 ・有価証券の数の10%以上を所有する者または組合 |
公募 | 500単位以上の公募を行うこと | |
時価総額 | 上場日における時価総額(上場に係る公募等の見込み価格×上場株式数)が10億円以上となる見込みのあること |
「資本政策」第1回のポイントは、①資本政策は「資金調達」「持株比率」「キャピタルゲイン」のバランスが重要!②資本政策はとりあえずの「積上げ型」ではなく「逆算型」で!、③資本政策はまずはIPOイメージを持つことからスタート!でした。
以上
- 次回「資本政策」の2回目のテーマは「ストックオプション編」です。
- IPO準備企業の多くが導入するストックオプションについて、失敗しやすい実務上のポイントやより効果的な使い方を中心に解説します。