労務監査とは?IPO準備中の労務リスクと労務監査の重要性

昨今、主幹事証券会社から「社労士による労務監査を受けてください」と言われるIPO準備企業が増えています。なぜ労務監査を受ける必要があるのか?いつ受ければよいのか?IPO準備企業によくある労務リスクとともに、その重要性をアイ社会保険労務士法人 土屋氏が解説します。
更新:2022年4月19日

1.労務監査とは?

労務監査とは、企業が労働諸法令を遵守しているかを調査することです。
具体的には、労務帳票・規定類等書面が整備されているか、就業規則等で決められたルールで運用されているかを、ヒアリングやアンケートによって調査し、監査結果を評価します。

労務監査は以下の流れで実施します。

実施準備 ○監査内容、範囲、期間の検討、打ち合わせ
○監査人の編成、監査見積もり
○スケジュール作成
○監査対象書面の準備(労働条件通知書、給与明細書等、約18種)
労務監査 ○監査の実施(書面、ヒアリング、アンケート)
○監査結果の評価
○監査報告書の作成
労務監査報告 ○監査報告会の実施
○是正・改善提案、事後検証、改善フォロー

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2.専門家(社労士等)による労務監査が求められる理由

労務監査はIPOにあたって必須ではありませんが、昨今、主幹事証券会社から「社労士等の専門家による労務監査を受けてください」と言われるケースが増えています。

監査において客観的な評価を行うために外部の専門家が望ましいこと、そして、IPO準備企業が多岐にわたる労務リスクを自社のリソースだけで把握し改善することが困難であることがその理由です。

3.IPO準備企業における労務監査の実施タイミング

IPO準備企業が労務監査を受けるべきタイミングは、「直前々期に入る前」と「直前期」の2回です。

IPO準備企業における労務監査の実施タイミング

直前々期に入る前に必要な理由は、監査法人によるショートレビュー前に労務監査を実施することによって、労務コンプライアンスを遵守している企業であることが明確になり監査法人に選ばれやすくなるためです。

昨今は監査法人の深刻な人手不足・働き方改革の推進があり、監査法人はできるだけ経営課題の少ないIPO準備企業を選ぼうとします。
そのため、労務監査を受けてコンプライアンスチェックが万全な企業の方が選ばれやすいのです。

さらに、労務監査は直前期でも実施することを推奨します。
労働諸法令は毎年のように改正があるため、最新の法改正内容に対応できているかどうか、直前期のタイミングでも労務監査を実施し確認することがおすすめです。

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4.IPO準備企業によくある労務リスク

労務監査でも指摘されることが多い、かつIPO上問題となる主な労務リスクを6つご紹介します。

4-1.最重要課題!未払い残業代問題

IPO準備における労務管理で最も重要な課題が未払い残業代問題です。

「弊社は残業時間を管理しており、未払い残業代は発生していません」と主張していた企業でも、実際に労務監査を行うと、企業が気づいていなかった未払い残業代が発覚するケースがあります。
未払い残業代問題が発生する具体的な原因を関連コラムで解説していますので、ぜひご覧ください。

4-2.時間外労働の上限規制の遵守を!過重労働問題

労働基準監督署は過重労働対策を重点的に実施しているため、どんなに上場準備で忙しくても時間外労働は80時間/月に押さえるようにしてください。
過重労働防止のための取り組みはIPO審査でもよく聞かれる事項です。

万が一、過重労働によって従業員がメンタルヘルス不全に陥り過労自殺が起きた場合、企業の損害賠償額は億単位にも及ぶことがあります。当然のことながらIPO審査に大きく影響を及ぼすことになるでしょう。

過重労働問題の前提として、労使間での残業時間の取り決めをする時間外・休日労働協定(36協定)がありますが、そもそも中小企業では36協定届自体提出していないこともあります。また、36協定の是正勧告を受けるIPO準備企業は意外と多いです。
ただし、是正勧告を受けたからと言って、ただちにIPOスケジュールに影響が出るわけではありません。労働環境が改善されたという是正報告を提出することで解消することができます。

36協定届の提出は大前提として、労使間で合意した労働時間を超えていないかをきちんとチェックしていくことが大事です。
企業が確認しておくべきガイドラインや残業上限規制への対応内容は関連コラムで解説しています。

4-3.安全配慮義務違反のリスクも!メンタルヘルス不調・ハラスメントへの対応

平成26年6月労働安全衛生法の改正でストレスチェックが義務化され、従業員常時50人以上の全事業場に毎年1回の実施と労基署への報告が義務づけられました。
また、令和2年6月には労働施策総合推進法の改正でパワハラ防止措置が義務付けられ、企業の相談窓口の設置、パワハラを起こさせない体制づくり(防止措置)が必要になっています。

これらの義務を怠り、必要な措置を行わない状態でメンタルヘルス不調者が出てしまった場合、安全配慮義務違反を問われることもあります。「メンタルヘルス対応マニュアル」を作成するなど、従業員が働きやすい健康的な職場を実現するための十分な対策が必要です。

ハラスメント対策と健康管理の重要性は関連コラムでも解説しています。

4-4.形だけの整備になっていませんか?労務関連規程

IPOにおいては人事労務関連の諸規程整備とその周知、運用も重要事項となります。

規程の整備は、就業規則、給与規程をはじめ、退職金規程、育児介護休業規程、旅費規程、慶弔見舞金規程、パートタイマー規則、契約(嘱託)社員就業規則等が通常必要となりますが、場合によっては安全衛生管理規程、出向規程、人事考課規程等も整備します。
最近では、テレワーク導入による在宅勤務規程も重要です。コロナ禍で突発的にテレワークを導入したために未整備になっている、ということがないように注意しましょう。

整備すべき労務関連規程(2021/11/30開催セミナー資料より抜粋)
▲整備すべき労務関連規程(2021/11/30開催セミナー資料より抜粋)

また、「整備はされているが実態が伴っていない」という状況があるとIPO審査で指摘が入ります。
これらの労務関連規程は、現行法に沿った形で整備されているかどうかだけでなく、現実の運用に即しているかどうかも合わせてチェックする必要があります。

4-5.加入対象の要件拡大!社会保険の加入漏れ

健康保険・厚生年金・雇用保険といった、従業員の社会保険への加入漏れも労務リスクとして挙げられます。
特にパートタイマーについては注意が必要で、平成28年10月の法改正によって、従業員数501人以上の企業においては以下4要件を満たしているパートタイマーも社会保険に加入させるよう義務づけられました。

パートタイマー社会保険加入要件(2021/11/30開催セミナー資料より抜粋)
▲パートタイマー社会保険加入要件(2021/11/30開催セミナー資料より抜粋)

なお、雇用保険では週20時間以上の加入要件とともに、平成29年には加入時の年齢要件が撤廃されているので注意が必要です。

社会保険への加入が不適正になる例をご紹介します。

例①資格取得日のずれ 試用期間中に上記4要件を満たしていたが社会保険加入させておらず、試用期間満了後に被保険者資格取得届を提出したことによって、本来あるべき資格取得日と実際の資格取得日がずれてしまい、不適正となるケースです。
入社してから数か月が試用期間であっても、上述の4要件を満たしている場合は社会保険に加入する必要があります。
例②通勤手当等の参入漏れ 社会保険の計算に含める手当(通勤手当、残業手当、住宅手当、扶養手当など)を参入し忘れてしまうケースです。含まれる手当は事前に確認しておきましょう。

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加入漏れが生じると過去2年間に遡って社会保険料を納付する必要が出てきます。
パートタイマーが多い業種などは負担額もそれだけ多くなり金銭リスクが高まりますのでご注意ください。

4-6.コロナ禍で急増!解雇トラブル

解雇とは会社側の一方的な意思により労働契約を将来的に解約することを言います。
コロナ禍で業績不振に陥り従業員の解雇を検討する企業もあるかもしれませんが、軽率に解雇すると「権利の濫用」とみなされ訴訟となることがあります。権利濫用とならない方策を立てておくことが重要です。

どんな場合に解雇になるかについて具体的な根拠を就業規則で示しておくことも重要ですが、それでも解雇のリスクは高いです。
解雇はあくまでも最後の手段として考えておき、まずは「退職勧奨による合意退職」により合意書を作成することでトラブルを防止しましょう。

5.労務監査の早期の実施がスムーズなIPOを実現する

ここまで解説した内容のとおり、企業を取り巻く労務リスクは多岐に渡ります。
すべての課題を洗い出し改善するためには、社労士等の専門家による労務監査をおすすめします。

また、専門家から労務監査を受けている企業は、証券会社や市場審査部門から「労務リスクの改善が積極的に図られている」という高い評価を受けることができます。
このため、最近のIPO準備会社においては、労務監査を社労士に依頼することが非常に多くなっています。

課題の洗い出しや改善にかかる期間を考えると、労務監査は直前期より前に受けておくことが望ましいです。可能なら、3章で記載したとおり「直前々期」と「直前期」の2回の実施をおすすめします。
早期に労務監査を受け、IPOに向けて万全の労務管理体制を整えておきましょう。

アイ社会保険労務士法人では、労務監査をはじめとした労務面のIPO支援を行っています。
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アイ社会保険労務士法人 【関連セミナー】 IPO審査を乗り切る労務戦略
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執筆
アイ社会保険労務士法人<br>代表社員/社会保険労務士<br>土屋 信彦氏
アイ社会保険労務士法人
代表社員/社会保険労務士
土屋 信彦氏
得意分野はIPOやM&A及びリスク対応にかかわる労務監査や就業規則整備。
証券会社、税理士会、宅建業協会、異業種交流会等でのセミナー多数。
埼玉県社会保険労務士会理事、社会保険労務士会川口支部副支部長等を歴任。名南経営LCG会員。上場実務研究士業会会員。
人事担当者向け情報が充実!詳しくはホームページをご覧ください。
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