
IPO Forum~IPO審査最前線、審査する側・される側、双方の視点で語る~-IPO Forum 2025/2/21-
グロース市場とは、2022年4月の東京証券取引所(以下、東証)の市場再編により、旧市場区分における「マザーズ市場」と「JASDAQグロース市場」が集約される形で誕生した市場です。
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東証が公表するグロース市場のコンセプトは次の通りです。
グロース市場は、高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場です。
出典)株式会社東京証券取引所「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」
つまりグロース市場のコンセプトは「高い成長可能性を有する企業向けの市場」です。高い成長可能性を有する企業とは、たとえばスタートアップなどの新興企業を指しています。そのような企業に早期の段階で資金調達の機会を提供することで、国内経済への発展や新たな産業の育成を目的としています。
グロース市場の特長として、以下の2つの内容が挙げられます。
グロース市場は、企業の「高い成長可能性」に着目している市場です。そのため、スタンダード・プライム市場に設けられている収益基盤・財政状態に関する基準がありません。
IPO時点では事業実績が十分でなくとも、その事業内容に関して高い将来性が見込めるのであれば、IPOを実現できる可能性がある市場です。
グロース上場企業は、成長段階であるがゆえに、ガバナンスの懸念や十分とは言えない実績などから、相対的にリスクの高い投資先と言えます。
投資家保護の観点から、東証は「事業計画及び成長可能性に関する事項」を継続的に開示することを求めています。グロース上場企業は、一事業年度に1回以上の頻度で、会社の置かれた状況や事業計画の進捗状況について開示を行います。
グロース上場に向けた準備期間中に発生する費用として、一般的には以下の費用が挙げられます。
上記の中で最も負担が大きいのは、人材補強費用です。IPO準備期間中に社内管理体制の見直しや準備作業を進めるため、人材の補強が必要です。必要となる人員は、企業規模・業種などにより異なりますが、IPOに向けた牽制組織(経営と財務の分離)を確立するためには相当の人数が必要であり、人件費は大幅に増加します。
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スタンダード・プライム市場においては、形式要件における収益基盤、財政状態の確認項目として、直近の利益や売上高、資産額が上場審査で確認されます。一方で、高い成長可能性が重視されるグロース市場の形式要件ではそれらが設定されていません。
項目 | グロース市場 | スタンダード市場 | プライム市場 |
株主数 | 150人以上 | 400人以上 | 800人以上 |
流通株式数 | 1,000単位以上 | 2,000単位以上 | 20,000単位以上 |
流通株式時価総額 | 5億円以上 | 10億円以上 | 100億円以上 |
売買高 | - | - | 時価総額250億円以上 |
流通株式比率 | 25%以上 | 25%以上 | 35%以上 |
収益基盤 | - | 最近1年間の利益が1億円以上 | 3最近2年間の利益合計が25億円以上、売上高100億円以上かつ時価総額1,000億円以上 |
財政状態 | - | 純資産額が正であること | 純資産が50億円以上 |
参考)株式会社日本取引所グループ「上場審査基準」
申請会社がグロース市場の適合要件である「高い成長可能性」を有しているか否かは、主幹事証券会社が判断します。
主幹事証券会社は、申請会社が高い成長可能性を有することを「上場適格性調査に関する報告書」に記載し、東証に提出します。東証は、主幹事証券会社の判断を前提として、申請会社の上場審査へと進みます。
主幹事証券会社が高い成長可能性の有無を評価するポイントとしては、以下のような内容が挙げられます。
参考:株式会社東京証券取引所「新規上場ガイドブック(グロース市場編)」
東証の市場再編が実施された際、上場企業に対して新たに「上場維持基準」が設けられました。
項目 | 新規上場基準 | 上場維持基準 |
株主数 | 150人以上 | 150人以上 |
流通株式数 | 1,000単位以上 | 1,000単位以上 |
流通株式時価総額 | 5億円以上 | 5億円以上 |
売買高 | - | 月平均10単位以上 |
流通株式比率 | 25%以上 | 25%以上 |
時価総額 | - | 上場10年経過後40億円以上 |
参考)株式会社日本取引所グループ「上場基準」
市場再編前においては、上場廃止基準は設けられていたものの、新規上場基準よりも低く設定されていました。そのため上場後に新規上場基準を下回り、上場企業としての適格性があるとは言えない企業であっても、上場企業として市場に留まることができてしまいました。この問題の解消に向けて新規上場基準とほぼ同等の上場維持基準が新設され、上場当初の基準を最低限維持することが求められるようになったのです。
上場企業が上場維持基準に抵触した場合、原則として1年(売買高基準は6か月)の改善期間で改善しなければなりません。改善期間内に上場維持基準に適合できない場合、監理銘柄・整理銘柄(原則として6か月)に指定後、上場廃止となります。
市場再編以降、東証では市場区分見直しの実効性向上に向けて「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を実施しています。その会議において、グロース市場の上場基準引き上げが継続的に検討されています。しかし、2024年3月22日のフォローアップ会議で、現在のグロース上場企業の状況から上場基準引き上げは不要または要検討という意見が出ています。
<現在のグロース上場企業(565社※)の状況> ※2023年12月末時点の上場会社数
2023年3月末時点で、基準に抵触する企業は27社、現状のままだと10年経過時に上場維持基準に抵触する恐れのある企業が150社もあることがわかります。
現状、約3割の企業が上場維持基準を下回り、時価総額成長率がわずか1.03倍で全体の約半数が新規上場時の時価総額も下回っています。議論されている上場基準の引き上げは、グロース市場のコンセプトである「高い成長可能性を有する企業向けの市場」を実現するための一つの手段です。コンセプトを軸に、コンセプトを実現するための手段をどう取るか、議論の集約には時間がかかりそうです。
参考:株式会社東京証券取引所 上場部「グロース市場の上場基準に係る検討」(2024/3/22開催「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」)
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グロース市場におけるコーポレートガバナンス・コードへの対応は、以下5つの「基本原則」のみが適用されます。
参考)株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」
市場 | プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 |
---|---|---|---|
CGコード適用範囲 | 全原則の適用(より高い水準) | 全原則の適用 | 基本原則の適用 |
原則・補充原則を含めた全原則への対応は必須ではありません。しかし、ガバナンスや人材の多様性など上位市場で求められる要件に早期に取り組んでいくことは、具備すべき要件であるかどうかに限らずに必要なことです。
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昨年2023年にグロース市場に上場した企業は、66社でした。2023年のIPO企業全96社(東証以外の市場も含む)のうち、約7割(68.8%)がグロース市場を選択しています。ちなみに2022年では約8割がグロース市場を選択していましたが、2023年は東証再編の影響および市場選択の多様化が進みシェアが減少したと考えられます。
高い成長可能性を有していると判断されれば、赤字であってもIPOできる可能性があります。2023年にグロース市場に上場した66社のうち、19社が赤字上場(直前決算期連結(連結なしの場合は単体)経常損失を計上していた企業)しており、グロース上場の約3割(28.8%)を占めています。
グロース上場企業66社を業種別に見てみると、「情報・通信業」が最多の32社(48%)、次いで「サービス業」が22社(33%)でした。この2業種だけでグロース上場全体の約8割を占めています。
地域別(都道府県別)では、東京が51社と全体の7割以上(77%)を占めており、例年同様、東京に一極集中していることがわかります。
参考:株式会社日本取引所グループ「新規上場会社情報」※OBCにて調査・集計調べ
また、創業してからグロース市場に上場するまでにかかった年数は「12年」、直前決算期における売上高は「23.5億円」(いずれも中央値)でした。2023年スタンダード市場に上場した23社の創業年数が21年、売上高は88.1億円(いずれも中央値)でしたので、それと比較しても、グロース市場を目指す企業の特徴として、創業年数が若い企業が多いことがわかります。
項目 | 最小値 | 中央値 | 最大値 |
創業年数(創業から上場までの年数) | 2年 | 12年 | 37年 |
売上高(直前決算期における売上高) 単位:百万円 |
0 | 2,351 | 46,091 |
参考:株式会社日本取引所グループ「新規上場会社情報」 ※OBCにて調査・集計調べ
IPOによって企業成長を加速させたい経営者や企業にとっては、グロース市場は最適な市場です。しかしIPOといえばグロース市場という一極集中状態が長年続いており、グロース市場へのIPOは狭き門と言わざるを得ません。
そこで昨今ではグロース市場ではなく、独自のコンセプトや特色を持つ地方証券取引所(名証・福証・札証)や一般市場よりも柔軟な上場要件が設定されているTOKYO PRO Marketを選択する企業も増えています。
グロース市場に上場できるほどの「高い成長可能性」ではないが、手堅いビジネスモデルで実績を積み上げてきた企業や、地域密着型の長年地元で愛されてきた老舗企業など、着実な成長が見込める企業の場合は、地方証券取引所やTOKYO PRO Marketのほうが適している場合があります。
IPOの目的は企業成長を加速させること。その実現のためには自社に適した市場を選択することが上場への近道になるかもしれません。
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