わずか6ヶ月で2つの経営課題を解消した山本通産。
グローバル経営戦略の追い風となる海外7拠点の連結決算業務効率化に成功した5つの要因とは?
企業が労働者に対し健康診断を実施しないとどうなるでしょうか。
また、労働者は企業が実施する健康診断を受診しないと不都合があるのでしょうか。
昨今では「健康経営」が注目されており、「従業員の健康診断受診率100%」をアピールしている企業が増えてきています。
その理由は、健康診断の受診率を上げることが「健康経営の第一歩」になるからです。
経済産業省の認定制度「健康経営優良法人」は、健康診断の受診率が高いこと(実質100%)が認定基準のひとつになっています。
今回は健康診断実施の意味と、受診率を向上させるために企業が取り組むべき対策についてデータに基づき考察します。
事業主の健康診断の実施・労働者の受診は義務
事業主(企業)には健康診断の実施義務があります。
企業は、労働安全衛生法第66条に基づき、労働者に対して、医師による健康診断を実施しなければなりません。この義務に違反した場合労働基準監督署から勧告や指導が入ることがあり、事業主(企業)は50万円以下の罰金が課せられることがあります。
また、同法第66条にて労働者は、企業が行う健康診断の受診義務が課せられています。(但し、罰則はありません)
事業主(企業)は労働者に対して健康診断の受診を命じることができ、受診拒否する労働者に対しては、懲戒処分をもって対処することができます。その上で、労働者には「医師選択の自由」を与えています。
労働者が「健康診断を受診する時間がない」等の理由で健康診断を受診しなかったケースはどうでしょうか。
事業主が労働者の健康診断未受診を放置し、その結果健康障害が発生した場合、労働契約法第5条において事業主(企業)が安全配慮義務違反となる可能性があります。
上記の通り事業主(企業)の健康診断の実施・労働者の受診は義務なのです。
企業が実施すべき健康診断の種類
企業が行う健康診断には『一般健康診断』と『特定の業務に従事する人労働者のための健康診断』があります。
『一般健康診断』
職種に関係なく実施する健康診断で、すべての企業が対象になります。
「雇入れ時の健康診断」と「定期健康診断」の項目は以下の通りとなります。
- 既往歴及び業務歴の調査
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
- 胸部エックス線検査
- 血圧の測定
- 貧血検査 (赤血球数、血色素量)
- 肝機能検査(AST、ALT、γ-GTP)
- 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪)
- 血糖検査
- 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
- 心電図検査(安静時心電図検査)
『特定の業務に従事する人労働者のための健康診断』
法定の有害業務に従事する労働者が受ける健康診断で以下の業務に従事する労働者を対象としています。
受診対象者と費用の考え方
【対象者】
パートを含む週30時間以上(正規従業員の労働時間4分の3以上)働く労働者が対象となります。
【費用】
会社で行う健康診断の費用は、労働安全衛生法に基づき会社負担が義務となっています。
但し企業が実施する健康診断を受けず、労働者本人の都合により各自で受ける場合などには、本人負担となる場合もあり、実際には就業規則等の定めによります。
【受診時の賃金】
厚生労働省によると一般健康診断は
「一般的な健康確保を目的として事業者に実施義務を課したものですので、業務遂行との直接の関連において行われるものではありません。そのため、受診のための時間についての賃金は労使間の協議によって定めるべきものになります。ただし、円滑な受診を考えれば、受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましいでしょう。」
としています。
特殊健康診断については
「業務の遂行に関して、労働者の健康確保のため当然に実施しなければならない健康診断ですので、特殊健康診断の受診に要した時間は労働時間であり、賃金の支払いが必要です。」
としています。
定期健康診断の実施率・受診率の実態
上記で説明した通り、事業主の健康診断の実施・労働者の受診は義務であるため、法律上は定期健康診断の実施率・受診率は100%の筈です。しかしながら下記のようなデータが示す通り、実施率・受診率ともに100%ではない実態があります。
事業主側『定期健康診断の実施率について』
企業の規模が大きいほど実施率が高いことがわかります。
50人以上の事業所では100%に近い数字ですが、30人未満の事業所では実施率90%を下回っています。そこで同調査は定期健康診断を実施しなかった理由を企業にアンケート調査を行いました。その結果が下記となります。
「健康診断を実施する費用がない」「健康診断を実施する時間がない」という回答が多くみられることが分かります。また一部「健康診断の必要性を感じない」といった回答も見られます。しかしながら、いかなる理由があろうとも企業が労働者に対し健康診断を実施しないことはあってはならないのです。
健康診断を実施しなくてはならない理由に法律的な義務があることはもちろんありますが、それに加えて労働者の健康を保持することに大きな意味があります。
労働者の健康づくりは、企業の存続と成長のための投資です。労働者の健康問題は、企業そのものの存続や、従業員の仕事のパフォーマンスにも大きな影響を与えます。健康保険組合の保険料率の引き上げにも繋がります。健康診断を行うことは健康づくりを行うスタート時点とも言えるのでないでしょうか。
労働者側『定期健康診断の受診率について』
平成24年労働者健康状況調査によるとすべての企業・事業所で9割を下回っており、中には8割を下回っているところもあります。
人事の方から産業医である私に「健康診断受診率がなかなか上がらないのでどうすればよいか」と相談されることも多々あります。
定期健康診断を受診しない理由に
「他のところで受診した」を除くと「多忙であった」「面倒であった」「病気が知るのが怖かった」といった回答が多くみられました。
受診率を高めるための対策
では、健康診断の受診率を高めるために、企業がとるべき対策にはどんなものがあるでしょうか。
「多忙のため・面倒であったため健康診断を受診しない」という労働者への対策
そもそも、前述したように労働者には定期健康診断を受診する義務があります。
また、企業としても健康診断を受診させる時間を十分に与える必要があります。
「病気が知るのが怖かった」という労働者への対策
早期発見・早期治療により結果、身体的・精神的負担が減少します。また治療費・治療期間も結果的に少なく済むのです。万が一病気になった時のため保険をかける人は多くいます。もちろんそれも大切ですが、何よりしっかりと健康診断を受診し早期に対処して病気を発症しないようにすることのほうが大切ではないでしょうか。
また、人によっては「健康診断の結果は個人情報で漏洩するか心配」という方もいらっしゃいます。
労働安全衛生法上、健康診断結果を職務上知りうる立場にある者の守秘義務第が定められており、その他個人情報の保護に関する尊守が求められています。
通常就業規則には守秘義務が規定されていますが、懲戒規定等に「健康情報を取扱う者が健康情報を第三者に漏洩した場合」などと入れておくと労働者も安心です。
上記のことを企業・労働者の両者が周知した上で下記の対応策があります。
- ①労働者の仕事量を把握し、健康診断日を設定する。
- ②健康診断の受診を就業規則に記載し、受診しなかった場合懲戒処分とする。
- ③会社で用意した健康診断を受診しなかった場合、個人で医療機関を受診し、健康診断を受けなければならないことをしっかりと従業員に伝える。
- ④会社幹部に産業保健について理解をしてもらう。
- ⑤産業医が粘り強く健康診断の必要性に訴える。
健康診断を未受診のまま放置すると、自身の健康を害することになりかねないどころか、就労自体が困難になりかねません。そうなった場合労働者本人やご家族だけでなく企業としてもとても大きな損失です。必ず受診するようにしましょう。
健康診断実施後に取り組むべきこと
健康診断の受診率を高めることは重要ですが、健康診断を実施した後、その結果に基づいて企業や労働者が適切な措置を実施することが大切です。
【企業が取り組むべきこと】
企業は異常があった健康診断結果を医師に見せて意見を聴取し、労働者の健康を損ねないような働き方の配慮を行うことが労働安全衛生法により義務づけられています。産業医がいる会社では、産業医が健康診断結果をチェックします。異常値が出ている労働者については、追加検査や治療が必要な旨を企業側や本人に伝えます。また健康状態が著しく悪化している労働者に対し状態に応じて配置転換、残業や出張の制限・禁止など就業制限に対する意見を産業医が企業側へ伝えます。産業医がいない会社(すべての労働者が50人未満の事業所)では、地域の産業保健センターなどで産業医がチェックし同様に意見を伝えます。
会社側は、これらの医師の意見を勘案して、最終的な事後措置を決定し実施します。
産業医の勧告権
- 産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。
- 事業者は、上記勧告を受けたときは、これを尊重しなければならない。
<労働安全衛生法13条3項、4項より>
上記の通り最終的な決定は会社が行うこととなります。
但し、産業医の意見を無視した結果、労働者の健康が悪化した場合「安全配慮義務」違反となる可能性があります。
安全配慮義務の根拠となる法律
- 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする
<労働契約法 5条より>
安全配慮義務を怠ったことと発生した事故や労災に関連性が認められた場合、企業は損害賠償を求められるだけでなく、公的機関からの厳しい取り締まりや、社会的信用を失うことは避けられないでしょう。
以上から、労働者の健康を守るためにも健康診断を実施することだけでなく、受診率向上そして実施後の取り組みも入念に行いましょう。
【労働者が取り組むべきこと】
健康診断受診率が100%に近付いた企業でもまだ課題は残ります。
定期健康診断で有所見(異常所見)があったにも関わらず、二次健診を受診する労働者はとても少ないように思います。
私自身産業医として二次健診を推奨する書面やメールを送りますが無視されることは多いです。再三受診するように連絡しても二次健診を受けない労働者はゼロになりません。
その理由に
①健康診断の意義を理解できていない。
②異常所見が出ても何がどの程度悪いか理解できていない。
③自分には健康障害が起こらないと思っている。
④二次健診を受けることが怖い。
といったことが考えられます。
企業は衛生委員会や産業医の衛生講話等を行い健康診断の意義や結果の見方を従業員に伝える場を作っては如何でしょうか。
二次健診受診が悪いのも、情報が乏しいことが原因だと考えます。
従業員が自ら検診や健康について考えられる場や情報を伝えることは大切です。
最後に
「健康経営」には健康診断実施はもちろん受診率を向上させることは最初の一歩です。
しかしそれだけ上昇しても企業側や労働者の健康への意識が低いとせっかく実施した健康診断も無駄になってしまいます。
産業医をはじめ企業にも健康診断の意義、結果の診方、医療情報について、従業員に理解してもらう努力が必要です。
そして、従業員も健康に働く自己保健義務があります。自身の健康に無関心ではいけないのです。
従業員が健康でいることは、企業にとっても社員にとっても大きな資産です。今一度健康診断について考えてみてはいかがでしょうか。
日本医師会認定産業医
和田 悠起子(わだ ゆきこ) 氏
2014年 東邦大学医学部医学科卒業 医師免許証取得
2016年から現在まで 東邦大学医療センター大橋病院勤務
2018年より嘱託産業医を務める
OBCでは労働衛生や健康について講義をする「衛生講話」を定期的に開催。
また、Instagramでも産業医目線からみた様々なテーマでコラムを配信中。
こちらの記事もおすすめ
OBC 360のメルマガ登録はこちらから!