

ESOP(イソップ)は、米国発祥の従業員株式所有制度で、日本では信託を活用し、従業員に自社株を給付する、または従業員が自社株を取得する仕組みとして運用されています。本コラムでは、日本版ESOPの株式給付型と持株会型の違い、ストックオプションや従業員持株会制度との比較、導入のメリット・デメリットを整理し、自社の資金負担や従業員へのインセンティブ設計を検討するにあたっての判断材料を解説します。

- ■執筆:IPO Compass編集部
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この記事でわかること
- ESOPとは
- 日本版ESOPとストックオプション・従業員持株会制度の違い
- 日本版ESOPを導入するメリット・デメリット
目次
1.ESOP(イソップ)とは
ESOP(イソップ)は、「Employee Stock Ownership Plan」の略称で、企業が自社株を購入し、その株式を従業員の退職金や年金として分配する米国発祥の従業員株式所有制度です。
1950年代に米国の経済学者ルイス・ケルソが、世界恐慌後の資本主義社会への不信と、一部の富裕層による株式独占という経済格差に対する問題意識を背景に、富の再分配と格差是正を図る制度として提案しました。
2.日本版ESOPとは
日本版ESOPは、米国のESOPを参考に、日本国内の実務に合わせて設計された従業員向けの株式保有制度です。この制度には株式給付型(J-ESOP)と持株会型(E-Shipなど)の2類型があり、信託の資金調達や従業員の負担、株式を受け取るタイミングなど、運用面で違いがあります。
●株式給付型(J-ESOP)
株式給付型(J-ESOP)は、米国のESOPに近い形とされています。企業が金銭を信託に拠出し、信託が市場や発行会社から自社株を取得したうえで、最終的に従業員に株式を給付する仕組みです。
前段階として、従業員には、業績や勤続年数などに応じてポイントが付与されます。その後、退職時など、会社が定めた条件を満たしたタイミングで、付与されたポイントに応じて現物株式が給付されます。退職金代わりに使われることもあるため、「退職給付型」と呼ばれる場合もあります。従業員が株式取得資金を負担しない設計が多く、会社から支給される報酬型の制度として位置付けられます。
●持株会型(E-Shipなど)
持株会型(E-Shipなど)は、従業員持株制度を発展させた制度で、国内ではこの類型が主流とされています。信託が金融機関からの借り入れや企業からの拠出金などにより自社株を一括取得し、その株式を持株会に計画的に売却する仕組みです。
従業員は毎月の給与などから天引きされた資金と企業からの奨励金などにより、持株会を通じて信託から株式を取得します。従業員は、保有する株式の株価が上昇した場合には値上がり益や配当の恩恵を受けることができるほか、信託終了時に信託財産の残余が生じた場合には、その分配を受けられることがあります。
一方で、信託が金融機関から借り入れた資金については、株価下落等により、持株会からの株式購入代金や保有株式の配当金だけでは借入金を返済できず、信託財産でも不足する場合、企業が保証契約等に基づき不足額を負担します。
| 比較項目 | 株式給付型(J-ESOP) | 持株会型(E-Shipなど) |
|---|---|---|
| 信託の資金調達 | 企業からの拠出金 | 金融機関からの借り入れ、企業からの拠出金 |
| 従業員の負担 | 負担なし | 負担あり(毎月の給与などから天引き) |
| 株式の取得方法 | 信託が先行取得後、条件達成後に給付 | 持株会を通じて取得した株式について、拠出額に応じた持分を保有 |
| 給付・取得のタイミング | 在職中または退職時など、企業の条件によって異なる | 毎月の買付時に持分を取得、単元株到達後は本人名義口座へ移管可能 |
| 従業員から見た性質 | 企業から支給される報酬型 | 自己資金を運用する投資型 |
株式給付型と持株会型では、信託の資金調達の方法と従業員の金銭的負担が異なります。株式給付型は、企業が拠出した資金を基に、条件達成後に株式を給付する報酬型の制度です。一方、持株会型は、従業員が天引きされた資金と企業からの奨励金などを基に、持株会を通じて自社株を取得していく投資型の制度といえます。
3.日本版ESOPとストックオプションの違い
日本版ESOPとストックオプションは、いずれも自社株を活用して対象者のインセンティブを設計する制度です。ただし、株式を取得するまでの資金負担や、制度導入の目的には違いがあります。ここでは、ストックオプションの基本的な仕組みを確認したうえで、日本版ESOPとの違いを、従業員の資金負担と制度導入の目的から整理します。
●ストックオプションとは
ストックオプションとは、決められた価格(行使価格)で自社株を購入する権利(新株予約権)を付与する制度です。対象者は、権利行使期間内に付与された権利を行使することで株式を取得します。
株価が行使価格を上回った場合、対象者は株式の売却によって差額を利益として得られます。ストックオプションは、株価上昇時の売却益を報酬とする制度として使われます。
【関連コラム】
●日本版ESOPとストックオプションの主な違い
○従業員の資金負担の違い
ストックオプションでは、従業員に新株予約権を付与します。従業員は権利行使期間内に権利を行使して株式を取得するため、権利行使時にはまとまった購入資金が必要です。
一方、日本版ESOPでは、株式給付型であれば従業員の金銭負担がない場合が多く、持株会型でも給与天引きを通じた取得となります。権利行使時にまとまった購入資金が必要なストックオプションとは、金銭的負担の有無や発生するタイミングが異なります。
○制度導入の目的の違い
ストックオプションは、株価上昇による利益をインセンティブとする制度です。株価上昇による経済的利益を通じて、役員や従業員のモチベーションを高める目的で活用されます。また、社内の役員や従業員だけでなく、外部の高度な人材を呼び込むためにも使われます。IPOを目指す成長企業において、人材獲得やリテンション施策の一環として導入されるケースも少なくありません。
一方で、日本版ESOPは、従業員に株式保有を通じた中長期的なインセンティブと帰属意識を持たせるための制度です。従業員は株式保有を通じて、株主としての視点を持ちながら企業価値向上への意識を高めることにつながります。上場企業を中心に、長期的な従業員定着を目的とした福利厚生制度として導入されることが多い点も、ストックオプションとの違いです。
出典:経済産業省「ストックオプション税制」
4.日本版ESOPと従業員持株会制度の違い
日本版ESOPと従業員持株会制度は、いずれも従業員による自社株の保有に関する制度です。ただし、従業員が負担する株価変動リスクや、株式の取得・処分が可能となるタイミングには違いがあります。ここでは、従業員持株会制度の基本的な仕組みを確認したうえで、日本版ESOPとの違いを、株価変動リスクと株式の取得・処分のタイミングから整理します。
●従業員持株会制度とは
従業員持株会制度とは、従業員が給与天引きなどにより資金を拠出し、企業からの奨励金を受けながら自社株を共同で購入する制度です。毎月の拠出を通じて株式を取得していくため、積立投資型の仕組みといえます。日本版ESOPの持株会型と似た仕組みです。日本国内で広く普及しており、特に上場企業などの安定的な企業で多く導入されています。
●日本版ESOPと従業員持株会制度の主な違い
○従業員の資金負担と株価変動リスクの違い
従業員持株会制度では、従業員が拠出した資金と企業からの奨励金を原資として株式を取得します。このため、株価の上昇による利益と下落に伴う損失は、従業員本人に帰属します。
日本版ESOPでは、株式給付型と持株会型で従業員のリスク負担が異なります。株式給付型は従業員の拠出を伴わないため、株価下落によって取得資金が毀損するリスクを従業員が負担しません。持株会型では、従業員が拠出した資金と企業からの奨励金を基に株式を取得するため、株価変動による利益や損失は従業員本人に帰属します。この点は、従業員持株会制度と基本的に同様です。
○株式の取得・売却が可能となるタイミングの違い
従業員持株会制度では、毎月の拠出に応じて継続的に株式を取得していきます。取得した株式が単元株に達した時点で、従業員の判断により個人口座に移管し、売却できます。ただし、移管するために退会が必要か、在籍中でも一部移管できるかは、持株会規程により異なります。
日本版ESOPでは、制度類型により株式を取得・売却できるタイミングが変わります。株式給付型では、退職時や業績条件の達成時など、企業が定める条件に基づいて株式が給付されるため、株式を取得できるタイミングは限定されるのが一般的です。持株会型では、従業員持株会制度と同様に、単元株に達した株式は個人口座への移管や売却の対象となります。
5.日本版ESOPを導入するメリット
日本版ESOPを導入するメリットには、株主構成の安定化、従業員の金銭負担の軽減、株価上昇時の利益還元などがあります。ただし、従業員の負担やリスクの程度は、株式給付型と持株会型で異なります。ここでは、日本版ESOPを導入するメリットを、安定株主の形成、従業員負担、利益還元、非上場企業での導入可能性という観点から整理します。
●安定株主の形成につながり、買収リスクの低減に寄与する
日本版ESOPでは、企業は信託を通じて一定割合の株式を保有し、短期的な売買による株主構成の変動を抑えることで、安定株主の比率向上につながるとされています。
また、信託を通じた自社株の保有は、同意なき買収(敵対的買収、TOB)への一定の抑止効果も見込まれます。
●従業員の金銭負担が少ない
日本版ESOPは、ストックオプションや従業員持株会制度と比較して、従業員の金銭的な負担を抑えやすい制度です。ただし、株式給付型と持株会型では、従業員の負担の生じ方が異なります。
株式給付型では、企業が拠出した資金により信託が株式を取得し、その株式を従業員に給付するため、従業員に株式取得のための金銭負担は生じません。
一方の持株会型では、従業員の給与から天引きされた資金と企業からの奨励金を原資として株式を取得するため、一定の金銭負担が生じます。ただし、企業からの奨励金を受けながら継続的に株式を取得できるため、一般的な株式投資と比べて資産形成を進めやすい仕組みとなっています。
●企業価値向上の成果を共有し、モチベーション向上につながる
日本版ESOPでは、従業員が株式を保有することで、企業価値向上の成果を享受できます。従業員にとっては、自社の業績向上や株価上昇が自身の利益につながるため、業績向上を目指すモチベーションを高める効果が期待されます。
企業価値向上の成果を従業員に反映する仕組みは、株式給付型と持株会型で異なります。株式給付型では、業績や勤続年数など、企業が定めた条件と連動した報酬設計ができます。一方、持株会型では、従業員が拠出を通じて継続的に株式を取得するため、株価上昇による利益や配当などを通じて、企業価値向上の成果を享受できます。
●非上場企業でも導入可能
日本版ESOPでは、将来的なIPOやM&Aを見据えた企業など、中長期的な資本政策や人材戦略を重視する非上場企業においても導入される場合があります。実際に、信託銀行等では非上場企業向けの日本版ESOPに対応したサービスが提供されています。
ただし、非上場企業では市場価格が存在しないため、株価の評価方法や株式の換金性について事前に検討する必要があります。この点は、株式給付型・持株会型のいずれにも共通する事項です。
6.日本版ESOPを導入するデメリット
日本版ESOPは、従業員に自社株を給付する、あるいは取得させる制度である一方、株価下落時には企業側の経済的負担や従業員の意欲低下につながる場合があります。ここでは、日本版ESOPを導入するデメリットを、損失補填と従業員のモチベーションへの影響から整理します。
●損失が生じた場合、企業が補填する可能性がある
持株会型では、信託が金融機関から借り入れた資金で自社株を取得し、企業がその借入れを保証します。信託終了時に株価下落によって借入金が残った場合は、企業が保証契約に基づいて不足分を弁済するため、企業に追加の経済的負担が生じます。
●従業員のモチベーションが低下するおそれがある
日本版ESOPでは、従業員が株式を保有することで企業価値向上の成果を共有できます。一方で株価が下落した場合は、従業員が将来受け取る株式の価値が低下します。期待していた利益を得られない可能性が生じると、従業員のモチベーション低下につながるおそれがあります。将来の株式給付や利益還元への期待が小さくなると、制度を通じたインセンティブ効果も弱まる場合があります。
7.最後に
日本版ESOPは、信託を活用して従業員に自社株を給付する、あるいは取得させる制度です。株式給付型と持株会型では、従業員の金銭負担や株式を受け取るタイミング、株価変動時のリスク負担が異なります。
ストックオプションや従業員持株会制度と比較する際は、これらの違いに加え、自社の資金負担や従業員へのインセンティブ効果、株価下落時の損失補填の有無も整理したうえで、自社に適した制度を選択することが重要です。
8.ESOPに関するよくあるご質問
- 日本版ESOPとストックオプションはどちらを導入すべき?
- 日本版ESOPとストックオプションのどちらが適しているかは、企業の成長フェーズによって異なります。一般的には、IPOを目指す成長期はストックオプション、上場後の安定期は日本版ESOPが選ばれやすいといえます。
成長期は、現金報酬を十分に用意しにくい一方で、将来の株価上昇による利益をインセンティブとして示しやすい時期です。このため、成長期待を報酬に反映しやすいストックオプションが選ばれる傾向があります。
一方、事業が安定し、従業員の定着や中長期的な株式保有を促したい上場後の安定期では、日本版ESOPが選択肢となります。制度を選ぶ際は、自社の成長フェーズや現金報酬に充てられる資金、従業員に期待するインセンティブの期間などを踏まえて検討します。
- ESOPの導入手順は?
- ESOPを導入する際は、制度設計、信託銀行等との協議、社内規程の整備、信託の設定、自社株の取得という流れで進めるのが一般的です。最初に、株式給付型と持株会型のどちらを採用するかを検討し、対象者、給付条件、株式の取得方法を整理します。
その後、信託銀行等と制度内容や信託の仕組みについて協議します。導入する制度によっては、就業規則や退職金規程などの改定が必要になるため、既存の社内規程との整合も確認します。
制度内容を定めた後、信託を設定し、信託を通じて自社株を取得します。運用開始後は、企業が定めた条件に基づき、株式給付型では従業員への株式給付、持株会型では持株会を通じた株式取得が行われます。
- ESOPを導入する際の注意点は?
- ESOPを導入する際は、企業側の財務負担を確認します。株式給付型では、企業が信託に金銭を拠出するため、導入時に資金負担が発生します。持株会型では、信託終了時に株価下落によって借入金が残った場合、企業が保証契約に基づいて不足分を弁済するため、追加の経済的負担が生じます。
社内規程との整合性も確認事項です。退職時に株式を給付する設計にする場合は、退職金規程に定める給付対象、給付条件、支給時期との整合を確認します。業績や勤続年数に応じて給付条件を設ける場合は、対象者、条件、給付時期を規程に定める必要があります。
さらに、自社株を信託で取得する仕組みであるため、株式の取得時期や保有割合が、今後の資本政策や、将来的にIPOを目指している場合は、上場スケジュールとの整合性についても検討が必要です。
- ESOPは上場企業だけの制度?
- ESOPは上場企業だけの制度ではありません。非上場企業でも、日本版ESOPを導入できる場合があります。
ただし、非上場企業では市場価格で自社株を売買できないため、制度設計時に株価算定の方法や株式の給付・取得方法を定める必要があります。これらの設計は、非上場期の資本政策や将来の上場スケジュールと合わせて検討します。
非上場企業向けに、信託銀行等が提供する仕組みを利用できる場合もあります。導入可否を判断する際は、株式の給付・取得方法、資本政策との関係、従業員に付与するインセンティブの内容も確認します。
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