海外進出の目的、メリット・デメリット、進出の流れ、IPOを目指すベンチャー企業における留意事項は?

海外進出の目的、メリット・デメリット、進出の流れ、IPOを目指すベンチャー企業における留意事項は?株式会社フェアコンサルティング平松氏が解説。
2023年5月12日

1.日系企業における海外進出の状況

2022年後半から日系企業の海外進出の検討が加速しています。その理由は大きく2つあり、1つはコロナ禍の収束です。そしてもう1つは、2022年下期に生じた大幅な円安とそれに伴う資源高により、国内だけで事業を継続することのリスクを、多くの日系企業が実感したことです。

進出先として多くの日系企業が検討するのは、巨大なマーケットを持つアメリカです。大企業・中小企業ともに進出先として非常に人気があります。しかし事務所家賃や人件費などのコストの高さから、資金繰りに不安を抱えるベンチャー企業が挑戦するのは容易ではありません。

東南アジアは、人件費が比較的安く、将来的なマーケットとしても期待が出来ます。コロナ禍においてもベトナムへの進出は絶えることがなく、暗号通貨など規制面で優位性があるシンガポールなどの国についても、継続的に進出が検討されていました。
また、直近ではIT大国であるインドへの進出検討も増加しています。

一方で、中国本土や香港などの中華圏においては、昨今のチャイナリスクやコストメリットの減少などから、進出と同様に撤退を検討する企業が増えています。

ジェトロ 2022年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査より引用
▲「ジェトロ 2022年度 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」をもとにフェアコンサルティングにて作成
(注)①nは「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」、「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答し、かつ事業拡大先(最大3つ)につき選択理由と合わせて回答した企業数。②EUの内訳は選択肢の設定がない。

2.海外進出の目的とメリット

2-1.マーケットの拡大

日系企業が海外進出を検討する最大の理由はマーケットの拡大です。
国内ですでに一定のマーケットシェアを抑えている場合でも、サービスを提供する国を増やすことで新たなマーケットが獲得できることから、事業の進捗スピードは一気に加速する可能性があります。また、グローバルでの展開を前提としている企業においては、海外進出することでグローバル人材の確保につなげているケースもあります。
ベンチャー企業の中期経営計画やファイナンス時の事業計画においては、将来の事業拡大の根拠として、現状のサービスやプロダクトの海外進出による新規マーケットでの売上増加を前提にしているケースは少なくありません。

2-2.コスト削減

進出の理由として次に多いのは、コスト削減です。
東南アジアにおいても、ベトナムやフィリピンなどの国では比較的人件費が抑えられ、言語も英語でのコミュニケーションが可能であることから、IT企業などで開発コストの削減等を理由に海外進出しているケースも多く見受けられます。

2-3.法人税等のタックスメリット

そのほか、タックスメリットを享受することもできます。
世界的に法人税率は引き下げ傾向にあり、日本よりも法人税率が低い国が多数あります。また、海外から企業を誘致するために税制上の優遇措置を設けている国もあります。たとえばシンガポールでは法人税率は17%に設定されており、インドネシアやベトナムなどでは特定の投資に対して数年間の法人税の免税や50%の減税が設けられています。

一方で、グループ全体のタックスメリットやグローバルでの管理を細分化するための海外進出は、大企業がグローバル戦略の中で検討するように、上場子会社の場合など限られたケースでしか検討されていません。ベンチャー企業の海外進出において、意識する必要はないでしょう。

3.海外進出のデメリット

マーケットの拡大やコスト削減などのメリットがある一方で、デメリットもあります。デメリットをクリアすることは企業規模に関係なく想定以上に難しく、特にIPOを目指すベンチャー企業の場合には、IPOの足かせになってしまうこともありますので注意が必要です。

3-1.人材管理・育成

日本では英語を含めて外国語が堪能な人材の採用が容易ではありません。適任者を採用し、責任者として赴任させた場合でも、現地スタッフとうまくコミュニケーションを取ることができず、現地の事業が当初の計画通りに進捗しないことが多々あります。事業が順調に伸びた場合でも、子会社のキーマンが流出したことをきっかけに事業が停滞してしまうケースなども少なくありません。

また現地従業員の管理・育成も日本本社にとっては大きな課題です。
言語だけでなく価値観・文化・宗教・働き方など、すべてが異なる海外子会社において、日本流を押し通すことはできません。従業員が大型連休明けに出社しなくなってしまうことや、ストライキや訴訟、不正・横領など、想定外の出来事が起こります。日本の常識にとらわれず、現地従業員とコミュニケーションをしっかり取ること、そして時には日本本社から牽制を効かせることなど、様々な方法で人材管理・定着を進める必要があります。

3-2.人件費の高騰

海外の人件費が年々上昇しており、新興国の安価な人件費を目的とした海外進出はメリットを感じにくくなっています。人件費が比較的安い東南アジアにおいても、すでに数年前の数倍に跳ね上がっています。各国で最低賃金引き上げの動きやインフレによる賃上げも相次いでいるため、安価な人件費を目的とした海外進出は今後減少していくでしょう。

3-3.政情不安、カントリーリスク

紛争・戦争、地震や洪水などの自然災害、反日感情からの不買運動など、進出当初は想定していなかったリスクに見舞われる可能性があります。進出前のマーケット調査でニーズやコストは調べることができても政情不安やカントリーリスクなどを正確に測ることはできません。有事の際に現地子会社をどう守り、復旧させるか、現地で支援してくれるコンサルティング会社とあらかじめ連携しておくなど、日本本社が主導してリスク対策を検討しておくことが肝要です。

3-4.ガバナンス・内部統制整備の負担

距離が遠く言語も異なる海外子会社においては、不正や横領などのガバナンスリスクが高く、日本本社から牽制できるよう内部統制の整備が必須です。しかし上場企業においても、海外子会社の内部統制が整備され問題なく運用されているケースは稀であると言っても過言ではありません。日本本社の内部管理体制を整備している段階のベンチャー企業にとっては、海外子会社の管理体制整備はかなりの負担と言えるでしょう。

実際には、内部統制整備と同時に連結決算体制も構築する必要があります。IPOを目指すベンチャー企業の場合は、売上を右肩上がりにあげていくことに目を向けるだけでなく、日本および海外子会社の体制を整備しなければならず、攻めと守りのバランスをとることが非常に難しいと言えます。

4.進出方法(形態)

海外進出の方法としては、現地に拠点を設けず、提携した販売代理店等により事業を伸ばす方法と、現地で子会社等の拠点を設ける方法があります。

4-1.現地に拠点を設けない(販売代理店など)

販売代理店等を通じてプロダクトやサービスを販売することは、海外進出のコストを抑えられるため、ベンチャー企業にとっては魅力的です。ただし、プロダクトやサービスに十分な魅力を感じてもらえないと、有力な販売代理店を探すことは難しいため、期待通りにマーケットでの認知度を獲得出来ないことも少なくありません。

4-2.現地に拠点を設ける

拠点を設ける場合には、①駐在員事務所、②海外支店、③海外子会社の3つの進出形態があります。

①駐在員事務所
駐在員事務所は法的な組織体ではないため、現地での法人の税務申告が不要となり、進出・撤退も容易です。しかし原則として現地での調査業務を行うことしかできず、営業活動は認められていません。
進出の目的であるマーケットの拡大については期待できませんが、現地に常駐するための就労ビザ等の取得が可能となるため、本格的な進出前の調査業務に活用することは有効です。
なお、駐在員事務所は国ごとに制度が異なります。東南アジアでは設置が認められているケースもありますが、米国などはそもそも駐在員事務所といった制度がありません。制度の有無・内容を事前に確認する必要があります。

②海外支店(法人格なし、親会社の一部を構成)
業種や出資比率や資本金などにより、外資規制の対象になってしまう場合、法人格のない海外支店での進出が検討されます(外資規制とは、外国人または外国企業による国内企業〔進出先の国〕への投資に対する規制)。
ただし海外子会社と異なり現地で事業を行うための許認可(ライセンス)が取得できないことや、海外支店で生じた所得は日本での税務申告で合算する必要があるなど(現地での税務申告も必要であり、二重課税にならないために外国税額控除制度の手続きも必要)、海外進出のメリットを十分に享受出来ないこともあります。

③海外子会社(法人格あり、親会社とは別会社)
海外進出のメリットを最も享受できるのは、やはり海外子会社の形態で進出することです。実際に、海外進出をしている日系企業の大多数は海外子会社を進出形態として選択しています。
ただし、外資規制によって、100%子会社が認められない(業種による)場合や、投資業や金融業等のライセンス等の取得が必要になる場合もあります。

進出形態は、国によって、業種・資本金・出資比率などによっても最適解が異なります。当社フェアコンサルティンググループのような現地をよく知るコンサルタントを含めての十分な事前検討が必要です。

5.進出の流れ

マーケットの拡大かコスト削減かの目的に応じて、マーケットや規制、言語などから進出のターゲットとなる候補を決定します。進出国に駐在員事務所の制度があれば、調査機関として駐在員事務所を設けることもあります。そして外資規制の有無や程度、業種などを勘案し支店か子会社かを選択します。

①進出の目的を明確にする(マーケットの拡大かコスト削減か)
②市場調査、規制の有無等を確認し進出国候補を決定
③実地調査(駐在員事務所の活用も有効)
④進出形態の決定(目的や外資規制等を考慮して支店・子会社を選択)

進出先の国にネットワークがない場合は、現地のコンサルタントなどの協力を得ることも重要です。現地コンサルタントから市場の動向や最新の規制、許認可の情報を得ることで、進出から事業開始までの期間を短縮することが可能となります。

6.IPO準備企業における海外進出の留意事項

IPO準備企業が海外進出を検討する場合、留意すべき事項が多数あります。その中でも対応が困難であり早めに準備すべき事項は月次決算体制の構築と内部統制・内部監査です。

6-1.月次決算体制の構築

IPOを見据えている場合には、海外進出時からIPOを前提とした月次決算体制の構築が求められます。海外子会社では、コスト面から現地ローカルの会計事務所や監査法人に会計税務業務をアウトソースすることが一般的です。しかし、現地での税務申告に間に合えばよいと考えている現地会計事務所および子会社のスピード感とIPOを目指す日本本社のスピード感は異なります。そのため日本本社が求める決算の早期化実現において、子会社が足を引っ張るケースが多々見受けられます。また不正確かつ不明瞭な会計情報も多く、会計情報の連携が困難なケースも少なくありません。
四半期決算や決算短信のスケジュールを考慮すると7~10営業日前には月次決算を締める必要があります。IPOを目指すなら、本社のスピード感で決算体制を実現できる会計事務所を選定する必要があります。

6-2.内部統制・内部監査

IPOにおける主幹事証券会社の審査においては、すべての海外子会社も網羅的に対象になると考えて準備をしておいたほうがよいでしょう。その場合には本社と同水準の内部監査が行われていることが求められます。
IPO後の内部監査においては、重要性の観点から日本本社の判断で海外子会社を対象から省くことができる可能性もあります。しかし、ガバナンスが効いていない状態が許されるわけではなく、引き続き日本本社に準じて統制することが求められます。

重要ではない海外子会社については内部統制の対象に含める必要はありません。しかし上場企業の海外子会社における不正事例が多発し、決算修正を余儀なくされた事案が多数見受けられたため、重要性に限らず海外子会社が内部統制の対象となり監査を受ける可能性があります。

内部統制は本社主導で主幹事証券会社や監査法人と相談しながら、IPO審査上で問題とならない体制を構築すること、そして日本本社からの出張での内部監査、リモート監査、現地コンサルティング会社による内部監査のアウトソースなどをうまく組み合わせて内部監査を実現することが肝要です。

7.IPOを目指すベンチャー企業が海外進出を成功させるために

当社の所感ですが、創業の経緯等から海外に関連会社がある事例を考慮しても、IPO準備会社の中で海外進出をしている企業は2、3割程度だと推察します。決して多くない割合にとどまっているのは、やはりその管理が困難だからではないでしょうか。

たとえば、本社に課せられた厳しい予算を達成するために売り上げを水増しする、契約を取るために賄賂を要求され支払ってしまう、現地スタッフが個人の経済的な事情から横領するなど、日本本社では想定しがたいことが海外子会社では起こります。
これらの事態を防ぐためには、日本本社主導の海外子会社管理が必須であり、その前提は「会計情報の見える化」です。

当社のクライアントにおけるベトナム子会社において、海外子会社用会計システムである勘定奉行クラウドGlobal Edition(以下、勘定奉行クラウドGE)を導入し海外子会社の「見える化」を実現した事例があります。勘定奉行クラウドGEを導入し当社が日本本社の基準に合わせ会計情報を入力した結果、多額の簿外債務が発覚しました。その結果IPO前にベトナム子会社を清算せざるを得なくなりました。しかし見える化をして清算しなければ、将来的にIPOの妨げになっていたことは間違いないでしょう。
また、監査法人に海外子会社の決算早期化の懸念を指摘された事例もありました。その際も勘定奉行クラウドGEを導入し、当社グループにて会計のアウトソーシングすることで、決算の早期化を実現し、無事に監査法人の指摘をクリアすることができました。

このようにIPOを目指す企業において、海外子会社の管理体制がIPOの障害になった事例は珍しくありません。

海外進出はマーケットの拡大やコスト削減という観点から、ベンチャー企業にとって非常に魅力的です。しかし前述のデメリットにあげた事項や、距離・言語・文化の違い、ガバナンスの懸念など、クリアしなければならない課題が多数存在します。まずは日本本社と現地責任者が十分なコミュニケーションをとり、海外子会社の管理体制のイメージを共有しましょう。その上でシステムや現地のコンサルティング会社を上手に活用し、管理体制を構築・運用していきましょう。

■世界約20カ国・30以上の直営拠点を持つフェアコンサルティング!
各海外拠点には日本の会計専門家(公認会計士・税理士など)を配置し、IPO準備企業が直面する「連結決算報告」や「海外子会社の内部統制の構築、内部監査」など、日本本社と海外子会社の橋渡し役として、力強く支援します。

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2020年1月8日
執筆
株式会社フェアコンサルティング<br>日本国税理士<br>平松 直樹氏
株式会社フェアコンサルティング
日本国税理士
平松 直樹氏
フェアコンサルティンググループにて国際税務業務に従事したのち、フェアコンサルティングマレーシアでは事務所長として多くの日系企業の進出支援を行うとともに、日系企業による海外企業の買収などクロスボーダーM&Aに関与する。その後、KPMG税理士法人のFinTech部門のディレクターとしてIT企業等の税務戦略、M&A及び資本政策等を支援した後、2022年4月よりフェアコンサルティングに復帰し、ベンチャー企業の海外子会社管理などのIPO支援、海外進出支援、クロスボーダーのM&Aなどを行っている。

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